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2013年8月20日 (火)

『時代』の中の青春。

総合図書館.JPG

稲田耕三さんというかたの手記

高校放浪記』、
高校時代に読んで感銘うけた一冊です。

とにかくすさまじい人がいたんだなという印象でした。
けんかに明け暮れて
教師に反抗して
退学をくりかえし、
5つめの高校を卒業できたときは21歳で
結婚して妻子がいた(奥さんは4回目の高校でみそめた女子高校生でひとめぼれの大恋愛のすえ同棲して強引に結婚)。

原作者のかたは三重県の田舎町出身で、
行き場のない苛立ちをもてあました若者がもがき反抗する
保守的な地方の小都市の陰うつな空気すら感じられます。

・・・自分自身が高校生だったのですが
主人公に共感できないどころか虫酸が走る読後感でした。

(勝手なことばかりして
まわりに迷惑かけまくって
結果自分がいちばん不利益こうむって
それでまた勝手に逆恨みして
ぜんぶ「身から出たさび」のいいわけじゃん。)

すぐカッとなって気に入らない相手をなぐる。
不良仲間が「アイツ気に入らない」と名指しした人間をなぐる。
なぐって怪我させた相手(の親)が高校に告げ口して進退きわまる。

「うるさい、俺がひとりで勝手にやったことや、お前は関係ない」
と意地を張って不良仲間の名はださず
自分るだけで罪をかぶるヒロイズムに一瞬酔う(うすっぺらい友情・・・)
くせに、
『退学』という地獄の選択をつきつけられると取り乱し、周囲にあたりちらし
告げ口した相手(殴られて怪我した被害者)を殺そうとさえする
(じゃあ最初からエエカッコすんなよ・・・)。

著者のお父さんは教員で、教育熱心な家庭でもあり
二人のお兄さんは地方の国立大学に進学した。
著者は上昇志向が強く、中学までは優等生だった。
国立大学医学部進学をめざして高校入学したはずだったが。

入学早々けんかでひんしゅくをかい、
喫煙やバイクの交通違反等の素行不良を教師にみとがめられると
反抗していやな先生の授業はひたすらサボり。
必ずしも周囲が無理解というわけでもなく
本気で心配してくれる友人やいい先生もいるのに
甘やかされればつけあがり、注意されれば荒れて抵抗しまくる
救いようのない若気のいたり。

手記のラスト、
かつて席次あらそいのライバルだった中学時代の友人
(は、なんと69年東大入試中止の年に京大入学した )
と再会してかけられた言葉、

「・・・おまえはあほやよ。他人の喧嘩に首をつっこんで、
昔のままのおまえなら、東大すらねらえたものを」

はからずもこの発言がすべてを言い表しているようです。
後悔先に立たず。

その後、稲田さんは国立大学受験に失敗、
妻子の生活のために中学生向きの塾を開業します。
思春期の様様な個性とのぶつかり合い、
かつて不良時代に学校に反抗した経験が
こどもたちを理解しやる気を引き出すうえですごい財産となり
繁盛したようです。

・・・本題とは関係ありませんが、ひとつ気付いたこと。
稲田さんは本来地頭はよく、中学までは地域でも名を知られた優等生でした。
放浪した高校の中にも、鳥取の名門県立進学校があります。
ところが進学校では(中退した以前の高校で1年半の蓄積があるにもかかわらず)
全く歯が立たず、本人がさぼったりするせいもありますがどの高校も成績面では
ぱっとしなかったようです。
けれども中学までの学力はあるので、中学生には不便なく教えられる。

これはなにを意味するかというと・・・
中学と高校の間にすごい学力のかべがあるということですね。
まだ大学進学率の低かった1960年代の地方。
ついでにいうと、(21世紀現代でも問題になっていますが)
同じ公立高校でもいわゆる底辺校と進学校の格差もすさまじかったことでしょう。
私自身は1980年代に、そこそこの高校(しかも地域密着型)(笑)しか行けません
でしたので、幸運にも(笑)中学と高校にさほど差があるとも感じませんでしたが。

さらに現代のようにフリースクールや通信制高校のような選択肢もほとんどなく
定時制高校は本当に勤労青少年のためにあった時代、
高校ドロップアウトするのは現代にもまして色眼鏡でみられたであろうことは
想像にかたくありません。

そして、時代。
60年代後半の、大学紛争が激化していた時代。
もてあましていた鬱屈したエネルギーを発散させるに
もってこいの時代のムーブメントに
大学生のお兄さんからふきこまれた半端な革命思想もくみあわさって
稲田さんは有頂天になります。

「大学にいって学生運動をおもいっきりやるんや♪」

・・・学費を払っている親の立場(笑)からすれば泣きたくなりますが、
当時の若者の考え方って似たり寄ったりだったのではないかと思います。

たとえば私どもの時代なら、
「・・・大学に入ったらめいっぱいおしゃれしてキャンキャンの読モになって
ディスコでギンギンにおどる♪」

とかと大差ないかも(私自身はまったく無縁のわびしい青春時代(笑)でしたが)

稲田さんの育った家はお金持ちではありません。
国立とはいえお兄さんふたりを下宿させて大学にいかせるために
お母さんは紡績メーカーの寮母さんをつとめて家計を助けています。

とにかく子供の望む教育うけさせるために親は一生懸命なのに
大学受験勉強どころか
不良化して荒れ狂い次々転校先をさがすはめになるとは。
自分が高校生のときに読んですら、
「親不孝もたいがいにしなよ」と感じましたね。

それでもこの手記に感銘うけるのは・・・
なんのてらいもなく経験したことを経験したままに
浅はかで自己中心的で凶暴で無責任な甘ったれぶりもふくめて
著者の真情ストレートにはきだしているからにほかならないのでしょう。
甘え、無軌道、絶望、怒り。
「幼稚な甘え」=「若さの純粋さ」に、圧倒されます。

すべての教育関係者
および青少年問題に関心あるかたに読んでいただきたいです。
本気で願います。

『高校放浪記』は79年に若き日の弘兼憲史さん(あの『島耕作』シリーズの)
が『ガクラン放浪記』としてコミカライズされました。
これはこれで悪くないのですが、ライトな青春ものに仕上がっており
時代背景もぜんぶ省かれているので
やはり原作にあたってほしいです。

70年代初期に初版発行されたときは熱い共感をよび
若者のバイブルとまでいわれた本書、
もし現代なら、
著者の稲田さんは「ヤンキー先生」ばりに
メディアの脚光をあびてひっぱりだこになり
いっぱしの教育評論家に変貌していたかもしれません。
・・・それもこれもやはり「時代」なのでしょうか。

「時代」を思い浮かべるとき、私はなぜかセットで
高野悦子さんの『二十歳の原点』を連想します。
稲田さんと高野悦子さん、奇しくも同年代で同じ時代を生きた人ですね。
まさに、団塊の世代。
そしてその語る言葉は未熟なるがゆえに
いっそう「青春、若さ」の痛ましさを読者に呼び起こす・・・。

高野悦子『二十歳の原点』

・・・あとになってみればどうってことないのに渦中ではそれがわからないままに
「時代」の中でもがき、葛藤した。

それでも「未熟な時代」をくぐりぬけて生き抜いただけ、稲田さんは勝ち組といえるかも。

稲田さんが現在どうしていらっしゃるかはわかりませんが
熱心なファンはいらっしゃるものでこちらのブログありがたく拝読しました。
本当かどうかはともかく、情報がでてくるのは
それだけ愛読されたかたが多いのですね。多謝。


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