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2013年9月 5日 (木)

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件・ちくま新書

事件の判決文は、こちらです。

問題の書.jpg

一気に読了しました。
そして、残念なことに(悪いほうの意味で)こちらの期待を裏切らない内容でした。

取材の人選もかたよっているうえに
たまに筆者の主観のみまじえて
彼女の生育歴から事件にいたるまでのできごとをならべているだけ
(それはそれなりに意味がないとはいえませんが)、
筆者が問題を深くほりさげたあとはうかがえず
むしろ事件と同様に表面的で底の浅い本だと感じました。

私がいちばん知りたかったこと、

育児もふくめ彼女の基本的な生活スキルをもっとも間近でみて知っているはずの
もと姑さんが、なぜ孫たちに救いの手をだそうとしなかったのか?

読んでも納得がいきませんでした。

彼女が浮気をして夫に内緒の借金をして、
そのことで責められるのをいやがって出奔して
数日後に婚家に帰ったら彼女の実のお父さんと義両親がそろっていて
離婚の話し合いがもたれていた。
・・・その間折半でこどもたちの世話をしたと書かれていますが
(現実にたいへんでしょう)
姑さんがどう感じて行動したかは書かれていないのでわかりません。

彼女の実のお父さんがただ怒って非がある娘の離婚をうながす
というのも理解がむずかしいです。
ふがいないわが子に腹がたつのはさけられないとしても、
幼い孫やなにより彼女のためを思えばこそ、
見栄も体面もかまわず
元の鞘に戻れるように
誠心誠意いっしょに夫側にわびて懇願してあげるのが
親の情というものではないのでしょうか。

みえっぱりで他人にかっこ悪い姿をみせるのを極端にいやがる。
がんこで負けず嫌い。
自分が好きなこと(お父さんの場合はラグビー部の指導)にのみ熱中し、
他はわが子や孫であろうとかえりみない。

筆者はそれとひとことも書いていらっしゃいませんが、
この父娘はそっくりですね。
まさに「子は親のかがみ」。

深刻なことを淡々と
というよりはなんら考察も論証もなく棒書きしているだけで
それについてなぜなのか、誰がどう思ったのか
ということはほぼぬけおちているので
勝手に想像するだけですが・・・

もと夫側は、彼女とこどもたちのことは彼女のお父さんがなんとかする
くらいに、安易に考えてしまったのでしょうか。
まがりなりにも高校ラグビー部の全国的に有名な指導者であり
りっぱな教育者の実父がこれだけ娘を怒って
離婚だといきまいているのだからいざとなれば当然責任持ってなんとかするはず
と解釈したとしても無理ないかも・・・、
「養育」や「介護」とか、あまり他人に知られたくない身内の深刻なこと
を押し付けあうときは、悲しいかな皆が自分につごうよく考えるので
結果いっそううまくゆかないという事態に陥りがちですね
(結局もっとも犠牲になるのは弱い立場の当事者)。

そして彼女の実のお母さんはどんな女性で、離婚後の娘たちのことをどう思っていたのか?
やはりわかりません。
どうやらお母さんの生の声は筆者自身取材できず聞いていないのか、
彼女やお父さんからの又聞きがメインなようですね。

書いてあるとおりなら、彼女の幼少期が不幸だったのはじつに気の毒です。
親から愛されている実感がなく自我がうまく形成できない、
保護されるべき親にネグレクトな扱いうけたために他者との信頼関係が築けない(でも弱みは見せられなくて格好つけたがる)、
身勝手な親の離婚や結婚で「家庭」がわからないので作れない、
倫理に欠け自分もそれ以外の人もたいせつにできない。

「解離性障碍」などとこむつかしい専門用語を駆使するまでもなく、悲しい事件にむけて積み重ねられたかのような不幸。
そんな彼女の欠落した基盤をつくったのはまぎれもなく両親でしょう。
そして彼女は自分がかつて両親からされたことを何倍も酷いかたちでわが子にしてしまった。

もちろんいくら彼女が過去のトラウマがあっても
何の罪もない幼いこどもたちをごみだらけの密室にとじこめて
飢餓と暑さでむごく死にいたらしめる
免罪には絶対になりません。
(故意にかそうでないのか筆者はそこで明言をさけていますね。
常人には理解しがたい、きっと彼女自身にもわからない彼女の行動はすべからく
『解離性障碍で・・・』でかたづけられてしかも筆者の考察は皆無なので
専門外の一般読者は納得行かぬまま取り残されます)

こどもの健全な成長に、平凡な親の愛情がいかに大事なことか。
実親でなくても祖父母や養親でも、親代わりに愛情をそそいでくれる存在は
絶対に不可欠ですね。
それでも親がいなかったり、親に育てる能力がなければ
なによりこどもたちの安全な保護のために
誰かに頼る、助けを求める声を出してほしいと切に願います。

彼女が在学中に変化したとされる出身中学も、救いの手をさしのべられる可能性があったのに自らふりはらってしまった三重や愛知の自治体も、まがりなりにもひととおりの対処していることがわかります(大阪市の児童相談所の対応はひどいですが)。


意外にも、筆者は読者が彼女に同情禁じえないような書き方はあまりなさっていません。
かといって客観的な記者の取材報告といえるほど論理的な筋道もたっておらず
ルポとしても中途半端で、本書じたいがいわば「解離性障がい」のような本です。
なぜ? と疑問につきあたるたびにすーっとはぐらかされて見えなくなってしまう。

それはなぜなのか、筆者のかたがなにかに遠慮して、妥協しているような・・・
彼女を知る関係者の誰からも、とおりいっぺんの話だけで核心にせまるようなロングインタビューは無いし、
もしかして彼女のお父さんとなんらかの約束なさっているのでしょうか。
あるいは深くつっこんで書けば書くほど
逆に読者が彼女の具体的な行動に反発こそすれ同情共感しづらくなることを配慮なさっているのでしょうか(とかんぐりたくなるほど表面的な底の浅いルポに終始しています)。

そして、ああだった、こうだったと
生育期にネグレクトされた事に起因する
空虚な彼女の不幸を書き連ねながら
(「こどもの安全」や「こどものしあわせ」の観点は全く出てこない)
なぜかとつぜん

「・・・少なくとも、母親だけが子育ての責任を負わなくていいということが当たり前になれば、大勢の子どもたちが幸せになる」

と紋きり調でしめくくられます。

両親がお互いをいたわりながら周囲の助けも借りて懸命に子育てする、

たとえば先ごろベビー誕生にわいた英王室のウィリアム王子ご夫妻や
かつてヒットしたドラマ『大草原の小さな家』のような
こどもをはぐくむイメージとしての
あたたかく信頼にみちた「家庭」や「家族の絆」にはいっさいふれません。

それがこのかたのポリシーなのか、
なにかはばかられる事情があるのかは、わかりません。

映画や小説なら、

娘の不祥事で教職をも辞したお父さんが
悩み葛藤しながら、
頻繁に面会にゆき手紙をやりとりするうちに
おたがいの頑なな心が次第にほぐれて
最後に父娘の絆をとりもどす、
愛の再生の感動物語となるのでしょうが・・・

現実はきれいごとだけではすまないようですね。

本書の最後尾に、とってつけたようにほんの数行
彼女が養子縁組した「大阪の養父母」が登場します。

筆者のかたは、なにがしたくて本書を執筆なさったのでしょう。

私が筆者のかたにうける印象は、過去記事に書いたとおりです。

白ける。
http://sarunoanata.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-f5ab.html

やるかたなく。
http://plaza.rakuten.co.jp/sarunoanata/diary/201203280000/

くりかえしますが、筆者のかたが彼女に同情うながすほどに感情移入せず淡々と書いていらっしゃることのみは意外でしたが。

事件に関する感想かいた拙ブログの過去日記、
おひまなときみてくださるかたがあればうれしいです。

やるせない。
http://plaza.rakuten.co.jp/sarunoanata/diary/201201040000/

謎の錬金術。
http://plaza.rakuten.co.jp/sarunoanata/diary/201108210000/

きせき。
http://plaza.rakuten.co.jp/sarunoanata/diary/201108170000/

歌でつなぐ『きせき』
http://plaza.rakuten.co.jp/sarunoanata/diary/201107310000/
灼熱地獄の闇。
http://plaza.rakuten.co.jp/sarunoanata/diary/201107290000/

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