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2015年6月 7日 (日)

不変の思い。

今年で第二次大戦後70年。

・・・ということで、なんだか俄かに世相騒がしくなっているかのように錯覚する
きょうこのごろですが、

ひさしぶりに古本の『暮しの手帖』をパラ見していて、
眼に留まった文章。

『暮しの手帖』第1紀100号
1969年春号。
(名編集長・花森安治氏がバリバリご健在だった頃)

暮しの手帖1969年春号.jpg

前田ふさ」さんとおっしゃるかたが投稿した文章「ぜんざい」。

少し長くなりますが、全文引用させていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
甘党の主人が、即席ぜんざいを買ってきました。
ぜんざいまでがと、便利さにおどろいて、はじめて口にする
即席を味わいながら、ふと、遠い日を思いうかべました。

 昭和20年、「カノヤコウクウタイニニユウタイセヨ」
三男の召集令状を手にした出発の前夜。

すでに長男は近衛兵にとられ、次男も偵察機に乗っている
との便りが、南の海を越えて届いていました。
 そして私どもの最後の持ちごまの四男も、海軍兵学校へ
入校の手はずになっておりました。

三男と末っ子の別離の宴。衣類をあずきと交換し、
配給の砂糖をはたいて作ったぜんざいだけが、
その夜の心づくしでした。
私どもが加わっては、ただでさえ少ないぜんざいが減ろうかと、
しりごみするふたりを二階へ追いやったのです。
 やがて聞こえる子どもたちの笑い声にひかれ、
そっと部屋をうかがいました。
炭火にのったぜんざいの湯気で、ガラス窓がくもっていました。

そのとき
「あとに残ったおやじとおふくろを頼む、
と兄貴は俺に言い残して行ったけれど、
お前も行くんだから、そう言うわけにもいかんなあ」
と、いつになくしんみり言う三男の声を耳にしたのです。
兄弟げんかを叱って、ほうきで追いまわしたのは、ついこの間のこと
・・・と思いながら、私は階段の途中で泣いてしまいました。

まもなく末っ子も、死を覚悟してか、
机の中をきちんと整理して、
プラットホームの人ごみから離れて見送る私に、
ちぎれるばかりに手をふりながら、そのまま行ってしまいました。

私は70歳。たいていのことには耐えてまいりました。
でも、わが子と「もう生きてはあえぬ」そんな別れだけはイヤです。
これからの日本のどこにも、このようなことがないように・・・
これが私の願いです。政治家の方がたも、これだけは
深く心にとめておいていただきたいのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

特攻の母.JPG

・・・感泣・・・。

1969年に70歳、このかたは満年齢なら1899年生まれ、
数え年だと私の亡き祖父と同年。
明治生まれでめまぐるしい時代の激変を生き抜いてこられた世代のかたたち。

名作「お母さんの木」の悲劇が
どこの家にも身近にあった当時。
そして世界中、時代をこえて変わることない
わが子の無事を祈り願う母の気持ち。

46年前に掲載された文章ですが、
状況のきびしさは現在も余り変わっていないような。

時代は転変しますが、ますます難問を内外にかかえる国難の時期。

かなしみがくりかえされませんように、
あらゆる意味での国力増強を願います。


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