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2016年6月20日 (月)

地には平和を。

20160629_124140.jpg

ホーチミン最終日の一日観光で、定番の戦争証跡博物館を訪問したお父さん。

あの沢田教一さんほか、日本人カメラマンの写真も多数展示されていたといいます。

戦禍や枯葉剤によるダイオキシンの後遺症の悲壮な写真が多く、
むごたらしさに直視がむずかしかったとか・・・

沢田さんの写真も、日本では
悲痛ではあっても残酷で目を覆いたくなるような作品はあまり紹介されませんが
おそらくアメリカや日本で知られている以上に
生々しいフィルムも少なくないのでしょうね。

意外だったのは、
ナパーム弾やダイオキシンのまがまがしいフォトの展示と並行して
博物館のキッズコーナーがあり、
小さな子供たちがふつうに遊んでいたこと、

日本なら、幼い子(大人でも)のトラウマになるようなショッキングなシーンは
隠蔽しそうですが、国民性の差か、
どんなに悲惨でも、幼い子であっても
「現実の問題を隠さずみせる」国策でしょうか。

ガイドさんは
彼についてこようとせず、玄関で待っていたそうです。

なぜいっしょにこないのか聞くと
仕事がらいろんなお客さんと何度も訪問していて、
もうくりかえし閲覧するのがつらいのだとか・・・

もちろんお客の希望なら、各展示について懇切に説明してまわらねばならないのですが
決してすすんでやりたい役ではないという、それくらい衝撃的な戦争の惨禍。

かつて

清朝の属国やフランスの植民地、
第二次大戦後の内戦とベトナム戦争の悲劇をくぐりぬけて
経済発展めざましいベトナム。

それでも、
「軍事増強より、まず経済に予算をまわすべきやね」
とお父さんが言ったら、ガイドさんはけげんな顔をして、
彼に同調はしなかったそうです。

たぶんふつうの民間人、サラリーマンや学生のみならず
生徒児童まで、「自分の国の平和は自分たちで守る」国民の気概があるのでしょう。

余談ですが、

わが国でも教科書に載った沢田教一さんの
有名な『安全への逃避』、

この写真のお母さんはすでにお亡くなりになりましたが
子供たちはぶじに成人して現在もご健在のようです。

川を渡った幼子

どうかいつまでもお幸せに、
そしてこの地上のどこであっても
平和な時間がつづいてほしいと願うばかりです。



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