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2020年5月23日 (土)

『少年倶楽部』遙かなり。

​​​​194112 少年倶楽部昭和16(1941)年12月号。
リアルでは11月初旬発売でしょうか。
まさしく日米開戦直前、暗雲たれこむ世の中。

紙の統制のせいか
全盛期(1930年代?)にくらべてページ数は薄くなっているものの
愛読者のこどもたちのために
文筆家も画家も記者も心血をそそいで名作をものしていることに感動します。

1941121 心の花たば。
各地できいた、気持ちのよいエピソードのまとめ、

1941122 子守を義務づけられた友達
がいっしょにあそべるように、
当番で赤ちゃんを背負う係をするこどもたち。

戦前戦後を通じて、ありふれた小景でしょうか。
(日本全体がまずしかった、まずしいのはあたりまえ
だけど心まで貧しくはないという、筆者と編集の矜持を痛感)

1941122_20200524125301 読者投稿の入選作。
出征した父上
の帽子に、記憶をかさねる心情。
戦地のお父さまを案じる家族の思いに、『戦争を知らない』世代は
ただ、こうべたれるのみ。

194112_20200524125401 網を修繕するおじいさんの手さばきにみとれるこどもたち。
 
『海国日本に生まれたからは、海をこわがっちゃいけないぞ。
大きくなったら海へ乗り出せ、海で働け。大きな魚、青い水、海はほんとに楽しいぞ』

1941121_20200524125401 そしてなんと、井伏鱒二の『ドリトル先生航海記』
抄訳が、『少年倶楽部』誌上で既出。

1941122_20200524125401 戦後、岩波書店刊でロングセラーとなった
『ドリトル先生』シリーズの、これが原点でしょうか。
何回連載されたのかなあ。


特集グラフ
『南支那の子供たち』
(タイトルが切れている😅・・・)
1941121_20200524125501
海南島の南瓜(かぼちゃ)

海南島にいった時は、ちょうどこの写真のように、
みごとな南瓜のとりいれ時で、農場では、子供たちまで、いそがしく働いていました。
 この島は熱帯で、米も一年に三度とれるほどですが、農業のやり方が大昔のまま
ちっとも進んでいませんでした。それを、皇軍が上陸してこの二年余の間に、
日本の力で
つぎつぎ改良を加え、
近ごろでは、米でも野菜でも果物でも、りっぱなものが

たくさんとれるようになってきました。


1941122_20200524125601

みひらき『働く子供 きたえる子供』

右、

広東の郊外でも、カラリとはれた大空の下で、
平和に鍬をとるお百姓さんや子供たちにあいました。
 『事変前には、らんぼうな兵隊にあらされて困りましたが、​​

​​​​​​日本軍がきてから、そんな心配は少しもなくなり、
安心して、たがやすことができます。』

と、あかるい笑いをたたえて、旅人の私たちにまで、あいさつするのでした。
 ​支那のいなかでも、日本の皆さんにまけぬほど、子供たちがよく働いています。​

左上、

南支那の河は、たいてい、にごっています。
日本のようにきれいな水がないので、この河の水をこして
炊事などにも使うのだそうです。河のほとりでは、せっせと
水くみのおてつだいをする子供たちが、あちこちに見られます。

左下、

きりつ正しい朝の点呼。これは広東市孤児院の諸君です。
親をうしない家をうしなったきのどくな子供たちが、いま三百名もここにひきとられて、
皇軍のあたたかいなさけのもとに
楽しく勉強をし、仕事をおそわっています。
一、二、三、四・・・と番号をかけるその声も、いまはいきいきと希望にあふれているようでした。

みひらき​『家畜と子供たち』​
精緻な刺繍で有名な汕頭(スワトウ)近辺だそうです。
1941123
ベトナムでも、1970年代まで(現在も?)
ありふれた農村の風景だったのでしょうか。

みひらき​『かわいい風景』​。厦門(アモイ)。
1941124
左上、

おや、外で御飯をたべるなんて、行儀がわるいな、と皆さんは思うでしょう。
ところが、支那ではこれがあたりまえで、大人でも平気で外でたべています。
 支那では昔から国がみだれて、人々の生活がひじょうに不安だったため、
その日その日の御飯をたべられることが、まず何よりの喜びだったのです。
それで、そのことを人にも見せて、ほこりたい気持ちが今にのこって、こうして外でたべる
習慣になったのだということです。

🏠家の外で家族がふつうにお食事している光景は
昨年ベトナムのホーチミンにいったときも、よく見ました。
暑いので夕涼みがてらかな?
とそのときは思いましたが
ベトナムは昔から中国文化の影響つよい土地柄なので、習慣の関連も
もしかしたらあるかもしれません😊。

右、

町の通りで​ロンガン​を売っている店の坊やが、いつかスヤスヤと眠ってしまいました。
何の夢をみているのか、時々ニッと笑っていました。道ゆく人々も笑いながら、
そっとお金をおいて、​ロンガン​を買ってゆきました。こんなかわいい店の品を、
だまって持っていく人は、支那にだっていないのだ、と思いました。

左下、

ある家の庭さきで、子供たちがせっせと落花生のくずをよりわけていました。
​日本の水兵さんがいっしょにてつだっていました。​
夕方になって、この家のお父さんたちがかえってきたら、
子供たちはきっと
​『今日は日本の兵隊さんがてつだってくださったのよ』​
と、お話しすることでしょうね。

若い水兵さんは、きっと
あどけないこどもたちに
郷里の弟妹の面影をかさねていたのでしょうか・・・?
胸にこみあげてくるものがあります。

1941125_20200524125801 『たのしい学校』​

わが軍に占領された町には、
​どこへ行っても新しい学校がひらかれ、​
子供たちは、日本語をはじめ、新東亜の民としての勉強をねっしんにやっています。
 この写真は、海南島の海口の学校でうつしたもので、
ちょうどこのとなりには日本の国民学校もあり、休みの時間には、上のように
日支仲よく遊んでいました。支那の子供で一ばん感心させられたのは、​
筆の文字の上手なことで、綴り方などもみな筆でかいています。
 私はこんどの旅で、新しい平和の中に、元気に生きる子供たちの姿を見るにつけ、
わが兵隊さんのお骨折りを思い、心からの感謝をささげたのでした。

古くて紙質はよくないけれど
陽光の眩しさと
子供たちの明るい表情に
ページを繰るこちらも口の端がほころんできます。

読者につたえたかったのは、おそらく
大東亜共栄圏の、夢。

それ以上に、いきいきしたこどもたちの姿やふるまいを慈しむ、
カメラと文章から愛情がつたわってきますね。

もうすでに、80年の昔。

現在からは想像つかないほど貧しかった
当時の日本のために、
がんばってくださった先人たち
に敬意を表し、
つよく誇りに思いたいです。



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