古本コレクション

2020年5月23日 (土)

『少年倶楽部』遙かなり。

​​​​194112 少年倶楽部昭和16(1941)年12月号。
リアルでは11月初旬発売でしょうか。
まさしく日米開戦直前、暗雲たれこむ世の中。

紙の統制のせいか
全盛期(1930年代?)にくらべてページ数は薄くなっているものの
愛読者のこどもたちのために
文筆家も画家も記者も心血をそそいで名作をものしていることに感動します。

1941121 心の花たば。
各地できいた、気持ちのよいエピソードのまとめ、

1941122 子守を義務づけられた友達
がいっしょにあそべるように、
当番で赤ちゃんを背負う係をするこどもたち。

戦前戦後を通じて、ありふれた小景でしょうか。
(日本全体がまずしかった、まずしいのはあたりまえ
だけど心まで貧しくはないという、筆者と編集の矜持を痛感)

1941122_20200524125301 読者投稿の入選作。
出征した父上
の帽子に、記憶をかさねる心情。
戦地のお父さまを案じる家族の思いに、『戦争を知らない』世代は
ただ、こうべたれるのみ。

194112_20200524125401 網を修繕するおじいさんの手さばきにみとれるこどもたち。
 
『海国日本に生まれたからは、海をこわがっちゃいけないぞ。
大きくなったら海へ乗り出せ、海で働け。大きな魚、青い水、海はほんとに楽しいぞ』

1941121_20200524125401 そしてなんと、井伏鱒二の『ドリトル先生航海記』
抄訳が、『少年倶楽部』誌上で既出。

1941122_20200524125401 戦後、岩波書店刊でロングセラーとなった
『ドリトル先生』シリーズの、これが原点でしょうか。
何回連載されたのかなあ。


特集グラフ
『南支那の子供たち』
(タイトルが切れている😅・・・)
1941121_20200524125501
海南島の南瓜(かぼちゃ)

海南島にいった時は、ちょうどこの写真のように、
みごとな南瓜のとりいれ時で、農場では、子供たちまで、いそがしく働いていました。
 この島は熱帯で、米も一年に三度とれるほどですが、農業のやり方が大昔のまま
ちっとも進んでいませんでした。それを、皇軍が上陸してこの二年余の間に、
日本の力で
つぎつぎ改良を加え、
近ごろでは、米でも野菜でも果物でも、りっぱなものが

たくさんとれるようになってきました。


1941122_20200524125601

みひらき『働く子供 きたえる子供』

右、

広東の郊外でも、カラリとはれた大空の下で、
平和に鍬をとるお百姓さんや子供たちにあいました。
 『事変前には、らんぼうな兵隊にあらされて困りましたが、​​

​​​​​​日本軍がきてから、そんな心配は少しもなくなり、
安心して、たがやすことができます。』

と、あかるい笑いをたたえて、旅人の私たちにまで、あいさつするのでした。
 ​支那のいなかでも、日本の皆さんにまけぬほど、子供たちがよく働いています。​

左上、

南支那の河は、たいてい、にごっています。
日本のようにきれいな水がないので、この河の水をこして
炊事などにも使うのだそうです。河のほとりでは、せっせと
水くみのおてつだいをする子供たちが、あちこちに見られます。

左下、

きりつ正しい朝の点呼。これは広東市孤児院の諸君です。
親をうしない家をうしなったきのどくな子供たちが、いま三百名もここにひきとられて、
皇軍のあたたかいなさけのもとに
楽しく勉強をし、仕事をおそわっています。
一、二、三、四・・・と番号をかけるその声も、いまはいきいきと希望にあふれているようでした。

みひらき​『家畜と子供たち』​
精緻な刺繍で有名な汕頭(スワトウ)近辺だそうです。
1941123
ベトナムでも、1970年代まで(現在も?)
ありふれた農村の風景だったのでしょうか。

みひらき​『かわいい風景』​。厦門(アモイ)。
1941124
左上、

おや、外で御飯をたべるなんて、行儀がわるいな、と皆さんは思うでしょう。
ところが、支那ではこれがあたりまえで、大人でも平気で外でたべています。
 支那では昔から国がみだれて、人々の生活がひじょうに不安だったため、
その日その日の御飯をたべられることが、まず何よりの喜びだったのです。
それで、そのことを人にも見せて、ほこりたい気持ちが今にのこって、こうして外でたべる
習慣になったのだということです。

🏠家の外で家族がふつうにお食事している光景は
昨年ベトナムのホーチミンにいったときも、よく見ました。
暑いので夕涼みがてらかな?
とそのときは思いましたが
ベトナムは昔から中国文化の影響つよい土地柄なので、習慣の関連も
もしかしたらあるかもしれません😊。

右、

町の通りで​ロンガン​を売っている店の坊やが、いつかスヤスヤと眠ってしまいました。
何の夢をみているのか、時々ニッと笑っていました。道ゆく人々も笑いながら、
そっとお金をおいて、​ロンガン​を買ってゆきました。こんなかわいい店の品を、
だまって持っていく人は、支那にだっていないのだ、と思いました。

左下、

ある家の庭さきで、子供たちがせっせと落花生のくずをよりわけていました。
​日本の水兵さんがいっしょにてつだっていました。​
夕方になって、この家のお父さんたちがかえってきたら、
子供たちはきっと
​『今日は日本の兵隊さんがてつだってくださったのよ』​
と、お話しすることでしょうね。

若い水兵さんは、きっと
あどけないこどもたちに
郷里の弟妹の面影をかさねていたのでしょうか・・・?
胸にこみあげてくるものがあります。

1941125_20200524125801 『たのしい学校』​

わが軍に占領された町には、
​どこへ行っても新しい学校がひらかれ、​
子供たちは、日本語をはじめ、新東亜の民としての勉強をねっしんにやっています。
 この写真は、海南島の海口の学校でうつしたもので、
ちょうどこのとなりには日本の国民学校もあり、休みの時間には、上のように
日支仲よく遊んでいました。支那の子供で一ばん感心させられたのは、​
筆の文字の上手なことで、綴り方などもみな筆でかいています。
 私はこんどの旅で、新しい平和の中に、元気に生きる子供たちの姿を見るにつけ、
わが兵隊さんのお骨折りを思い、心からの感謝をささげたのでした。

古くて紙質はよくないけれど
陽光の眩しさと
子供たちの明るい表情に
ページを繰るこちらも口の端がほころんできます。

読者につたえたかったのは、おそらく
大東亜共栄圏の、夢。

それ以上に、いきいきしたこどもたちの姿やふるまいを慈しむ、
カメラと文章から愛情がつたわってきますね。

もうすでに、80年の昔。

現在からは想像つかないほど貧しかった
当時の日本のために、
がんばってくださった先人たち
に敬意を表し、
つよく誇りに思いたいです。



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​​​​​​

2017年1月27日 (金)

戦後のホームソーイング・リメイク。

194911_2主婦と生活昭和24(1949)年11月号付録。

なぜか表紙はあでやかなチャイナドレスでほほえむ美女ですが、
内容はなかなかシビア。

第二次大戦後すぐの、もののない時代。
たべるものも、着るものもなく、国民ぜんたいが貧窮のどん底にあえいでいたころ。

いっぽう、やけのこった和服をといて活動しやすい洋服につくりかえるニーズ
があったことから、雨後の筍のように洋裁ブームが起こり、
厳しい生活のなかでも平和がよみがえったよろこびに、
女性たちがせいいっぱいの工夫でおしゃれを謳歌していた雰囲気が伝わってきます。

1949112
毛布をコートに。
は、なんとなくわかるのですが、左下のあざやかなグリーンのツーピース。

な、なんとビリヤードの台のグリーンの敷布が材料!?
こんなことができるんだと眼からうろこの思いもよらない着想。

1949113紳士服のスーツや男子用国民服も仕立て直して婦人服に。

左下のメンズジャンパーは旧制高校のマントから。

1949年は学制改革の年で、同時期に
作家の北杜夫先生がいわゆる最期の旧制高校生のおひとりだった。
木原敏江先生の少女漫画『磨利と新吾』のような
学帽に学ランの上からマント、げたばきの
バンカラ・スタイルがみられた最後の時代だったでしょうか。

ともかく、旧制高校生のマントも
和服用コートの『とんび』も
布がたっぷりして、ほかの服につくりかえるには重宝されたことでしょう。

1949114別珍のカーテンからコート、
映画『風と共に去りぬ』ではヴィヴィアン・リー扮する
スカーレット・オハラが
南北戦争直後の窮乏期に、お屋敷の古いカーテンを
目の覚めるようなドレスにして装うシーンがありましたね。


そしてつらつらみていると、
和服から洋服に仕立てるのは当時の人々が皆ふつうになさっていたこと、
新しい布が手に入らないこともありますが、なにより
ほどくと全部直線で一枚の四角い布にもどる着物はべんりだったのでしょう

ぎゃくに洋服(生地でなく)から着物に仕立てる
のは、むずかしそうですね。

時代は代わり、
現在は古い着物をほどいて洋服やバッグ、パッチワーク等
つくりかえるのはむしろぜいたくな趣味になった

とはいえグローバルには、おなじ世界でも
ものがなくて困っている地域は少なくないし、
不要なものを利用してつくりかえる「ゆとり」があるのは
とても恵まれたしあわせなことだと実感せずにいられません


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2017年1月 5日 (木)

永遠の『少年倶楽部』。

去年の古書市でゲットしました。
昭和8(1933)年少年倶楽部復刻版。

1933おそらくは1975~76年の復刻版、
1975(昭和50)年当時、『少年倶楽部』全盛期にあたる
昭和6・7・8年版の復刻プロジェクトがあったようです。

一冊800円でした。

800円×6冊
・・・は、分に過ぎた買い物でしたが、
復刻版でなく戦前のオリジナルなら数倍のお値段になったかも。

縁あって(笑)復刻版、
昭和7年版は全巻そろえることができました。

あとは昭和6年版も入手したい・・・

(何月号だったか、表紙を破って顔を出すライオンの表紙画(笑)が印象的ですね)

いつかめぐりあえると望みをいだいています。

残念ながら(というべきか)、
わが父が子供のころ愛読したのはもう少し時代が下がり
(少なくとも7~8年後?)

すでに紙が欠乏してページ数も薄くなっていた戦時下の窮迫した時期でしょうか。

1933_2ともかく
昭和戦前の児童文化の申し子、
その新年号より。

今から84年前ですから
さすがにちょっと古めかしいですが

書いてあることは現代に通じる
というより、現代にこそ回復してこうあってほしい機運
を痛感させられます。

『少年倶楽部』万歳


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2016年7月24日 (日)

『暮しの手帖』のこども服。

暮しの手帖第90号。

昭和42(1967)年夏・刊。
ほぼ半世紀まえですね。

暮しの手帖90・1967年夏号1.jpg

お母さん、縫ってみませんか。

1型紙は、洋裁を少しも知らなくても作れること

2ミシンを使わなくても、手縫いで、いわゆる運針ができる人なら、
 洋裁を知らなくても、誰にでも縫えること

3着せてみて、こどもが可愛くみえること

この三つを目標に、暮しの手帖の衣服グループが研究してきた結果です。

すばらしい

そして、その作り方は
意外にも
直線裁ちよりはるかに本格的。

9019673きちんと胸囲や着丈を測って型紙をつくり、

型紙にあわせて裁断

えりあきや前立ては見返し袖ぐりはバイアステープで始末。
一見シンプルですが
とてもオーソドックスな裁縫ですね。

9019674胸囲の1/10を1マスにして方眼図をつくり、

そこに線をひいて製図してゆきます。

簡単ですが、既製服の囲み製図と同じ原理ではないでしょうか。

じつに合理的。

9019675ボタン付きのデザインバリエーションもありますが
前あきはほぼスナップ止めのようです。

広がりをなくしてすそを短くすれば
男の子のシャツも。

えりとそでをつければ、本格仕立てのシャツ、
打ち合わせによって男女どちらにでも。

9019677運動量の多いこどもたち、女の子なら共布でブルマーをそろえる心づかいを。
大胆なプリントや、はぎれをくみあわせたり
で印象も変わります。

まず、えりなしそでなしの基本型のワンピースを縫って着せてみて、
あとはえりやそでをつけたり、
切り替えやギャザーをよせてみたり、
好みで似あうスタイルを自分でくふうするのもだいじ

と暮しの手帖編集部は説きます。

この当時の育児中の若いお母さん
1950~60年代に娘時代をすごしたかたは、
洋裁を学んだ人口(衣服も手づくりしないと物がなかった時代)が非常に多いので
多少なりとも心得のあるかたは手順通りに型紙をつくって
ミシンをつかえば1日で4~5枚はらくらく縫えたのでしょうが、
ぜんぶ手縫いで仕上げるなら、基本型1枚に1日、2日以上はかかりそうです。

「洋裁を少しも知らなくても大丈夫、ミシンもいりません」
という名コピーは

わが実母やお祖母ちゃんのようなタイプ(たいそう不器用なうえにお金もない、同じく私も)
にはひじょうに魅力的(笑)だったでしょうが

洋裁の前知識が全くない人が
教えてくれる人なしに、はじめから完成までぜんぶ自分でできるかというと
かなり難しかっただろうと思われます。

企画じたいは大好評だったらしく、翌1968年初夏の暮しの手帖95号に
新デザインふくむ続編が載りましたが
それきりで残念ながらロングシリーズにならなかったのは
そのあたりの逡巡があった、のかもしれません。

90196761967年
といえば、私はまだ生まれたての赤ん坊(恥)
でしたが、写真も素敵で今みるとなつかしいです

9019672_2東京湾付近でしょうか。

「ドラえもん」に出てくるような、土管がころがっている空き地で
縦横無尽に遊ぶ子供たち。
21世紀現代では見られなくなった風景です。


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2016年7月 6日 (水)

表紙は語る・大正初期の少年誌。

手もとにある、時事新報社刊『少年』。
えらんだわけではないのですが、偶然にも大正2(1913)年
の同年発行。

少年・表紙・大正2年.jpg

色刷り木版画ふうのほのぼの感。
当時の世界的有名人・極地探検家スコット卿の悲劇
などリアルタイムで本文にとりあげられています。
さすがは新聞社。

こちらは、ランダムに
明治44(1911)年から大正3(1914)年発行の実業之日本社刊・『日本少年』。

な・なんと、1冊200円の、ほぼ投げ売り状態(爆)でした
これだから古書あさりはやめられません・・・

日本少年・表紙・明治45年~大正3年.jpg

すでに本文で竹久夢二、川端龍子といった
当時の新鋭が活躍なさっています。

ほどなくして『赤い鳥』『金の船』『コドモノクニ』等々
児童向け出版の隆盛でキラ星のごとく、
新たな才能が続々登場。

こちらは大正元(1912)年の『日本少年』増刊号。
乃木大将の自刃・殉死がすぐに子供たちにも届けられています。

日本少年増刊号・大正元年.jpg

表紙だけみていても、
昭和戦前の雑誌文化爛熟期(この約25年後?)
とは雰囲気が明らかに違いますね。

表紙も本文も、とても素朴でシンプルな感じです。
大正3(1914)年創刊・後発の『少年倶楽部』も
創刊当時はほかの雑誌と似たり寄ったりだったのでしょう。

20~30年間で、社会も政治も科学も生活の文化水準も、
時代が大きく様変わりしたであろうことを実感させられます。

やがて大正末期には他社ライバルを抜いて
少年誌トップの地位を確立した『日本少年』、
昭和時代の『日本少年』や博文館の『少年世界』も願わくばぜひ拝見したいですね。

上記の『日本少年』より
竹久夢二の詩画。


1_2思い出



『郵便ほい

お上の御用で

えっさっさ』

『えっさっさ』

郵便脚夫のうしろから

学校帰りの子供等が

えっさえっさとついて行く。

『郵便ほい

お上の御用で

えっさっさ』

・・・いまみると、古き良き時代。
明治の終わりごろは、
または夢二さんが幼いころは
まだ飛脚のような郵便やさんがいらしたのでしょうか。


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2016年7月 2日 (土)

表紙は語る・戦中の主婦之友。

わりに肌寒い日が多かった6月から一転、
うだるような猛暑にへたりきっている週末です。

たまってきた古雑誌の整理をしようとひっかきまわして・・・

なんとなく感無量。
1941年から1945年の主婦之友。

主婦之友表紙1941~1945年.jpg

上段左から、1941年3月号・5月号・1942年新年号・4月号・6月号

下段左から、1942年12月号・1943年6月号・8月号・1944年3月号・1945年3月号。

1943年、昭和18年から急激にページ数が減って薄くなり、
紙質のわるさはいわずもがな、表紙画にも戦時下の窮乏が
如実にあらわれているようです
(消火訓練? バケツリレー?)

ただしく表紙画は語る・無言の心の叫び。

こちらは同じく、1944年、敗戦色濃くなった昭和19年発行の主婦之友および婦人倶楽部。

主婦之友・婦人倶楽部表紙1944年.jpg

いずれも、片手で折り曲げられるほどの薄い本誌。
銃後の女性たちのかなしみがダイレクトに伝わってくるようで瞑目するのみ。

戦争の根絶・恒久平和を祈念します。



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2016年5月 9日 (月)

主婦之友昭和14(1939)年3月号より。

1939年主婦之友3月号.jpg

昭和戦前の主婦之友、今から77年前の雑誌。
すでに歴史的遺産になりそうです。

193931


本文グラビアより。

西條八十作詞の『長期建設大陸音頭』にあわせて
若き日の山田五十鈴さんの舞姿。艶やかな日本人形のような美しさ。

大東亜共栄を標榜しながら、日中戦争が泥沼化していた時期でしょうか。

人気連載
山本有三の『新編・路傍の石』。
和田三造画伯・画。

成績優秀なのに家が貧しく進学できない鬱屈感から、
子供どうしの自慢話のさなか汽車のくる鉄橋にぶらさがったことがあると
口をすべらしてしまい、みんなのまえで実行させられるはめになる吾一。

193934_2運転士が線路に横たわる姿を見つけ、緊急徐行したために間一髪助かる、

朋輩の京造と抱き合う吾一、しゃくりあげながらお互いをかばいあう二人
を見つめるおとなたち。

路傍の石のようにたあいなく
過酷な運命にほんろうされながらも真っ直ぐに生一本に生きぬこうとする
吾一少年の姿は時代をこえて感動をよびます。

が、年とってから(笑)再読すると、とある疑念が(ひねくれてますねえ)・・・
ちょうど、見事に言い当ててくださっている内容がヤフー知恵袋
にあがっていました。

山本有三「路傍の石」について

・・・両親のふがいなさはともかく
クラス担任の先生や先生の友人で慶応出身のインテリの本屋さんあたり
が、知恵や情報をつけてくれそうなものですが、

それではお話が成り立ちませんね


ともあれ、明治がすでに30年近い昔になった当時の
昭和戦前でも、家が貧しく進学できないどころか
口べらしに奉公に出されたり
女の子だと遊郭に売られたり
苦難にあえぐ子供たちは少なくなかったのでしょう。

しかもまもなく第二次大戦、
戦局はあっというまにエスカレートして
進学組も
大学生の学徒出陣、それより年少の旧制中学や女学校の生徒は勤労奉仕で工場動員
と、勉強したくてもできないたいへんな時代が到来。

苦難の時代を懸命に生きぬいた
子供たち筆頭に、当時の先人のみなさんに、低頭するのみ。

193935家計をあずかる主婦必読のマネー講座

ずばり、『お金に不自由せぬ法

執筆者の和田見治氏は、現在でいうところのフィナンシャルプランナー、
財務のプロとして大活躍なさっていたであろうことがうかがえます。

その説くところは意外にも
いや普遍の真理というべきか、現代にも通ずる、
最近のマネーコンサルタントの指南書にも書いてあるような内容

まず眼鏡と算盤を用意しなくちゃならん、
何をするかって?
年がら年中ピイピイしている人の懐をのぞいて、パチパチ計算してみるのですよ。
すると、ここに不思議な現象が現れてくる。
ピイピイしている人の大部分は、実はピイピイしないですむ人なんです。
収入と生活との調和がとれていない。
『どうして、そんなにお金に困ることが好きなのか』
と言いたいほど、お金の使い方がへたなのです。
月給70円のサラリーマンが月30円の借家に住んでいたり、
6、70円もする洋服を着ていたり、
純益80円の商人が毎日晩酌をやっていたり、
そんなことでは 不自由するのが当たり前じゃありませんか。

大ざっぱ(笑)に換算して、

月収35万円で月15万円の賃貸マンション住まいだったり

おしゃれな人だと30~35万円もの洋服を持っていたり・・・

現在でもありそうですね

毎日飲み歩いていたら、そうとうな出費になりそうだし。

・・・私は自分の体験から割り出して言うのですがね、
金に困らぬ第一番の先決問題は、どうのこうのと理屈を言わずに、
収入の1年分をあっさり貯めてしまうことですよ。
これがそんなにむずかしいことでしょうか。いやいや決してむずかしいことはない。
もちろん安直な考えでできることではないが、心がけ一つ、決心一つで
案外大した苦労もなくやりとげられるのですよ。
日収1円の給仕さんなら365円、
50円のサラリーマンなら600円、
80円の人なら960円、100円なら1200円、
これだけはどんなことがあっても貯めなさい。

そして、そのうちのひと月分は現金でしょっちゅう持っているようにして、
残りの11ヶ月分を、利率は低いが安全な郵便貯金にしておくのです。

なるほど

これはいけてる(実行はむずかしいけど)。

月収25万円なら、めざすは貯金300万円
(・・・遠い道のりかも。)

平成時代に郵便局は民営化して、ゆうちょ銀行
一般の都銀全般とくらべてより安全か
となると、ちょっとむずかしいけど
(さいわい(笑)我が家の場合は両方に困るほどの預金もありませんが(苦笑))。

193936

どうです、これがお金に不自由せぬ原則ですよ。同時に、貯金の第一課ですよ。
これだけを最低の貯金にして、使ったらすぐに補充する、
収入が上がったら増加するという風にして、これを一生涯繰回したら、
ピイピイすることなんかあるもんですか。
収入の1年分をそっくり出さなきゃならぬ場合なんて、人間一生のうち滅多にあるものでは
ありませんよ。



ごもっとも。

経営者でもない一家庭で、一般的な

一挙に法外な支出といえば・・・

・お子さんが遠方の大学入学
・同様に、外国留学
・お子さんの結婚披露宴
・家族の葬儀
・お墓の建立
・長期にわたる怪我や病気療養
・マイホームの頭金

とかでしょうか。ただし時期と場合によっては何件か重なるケースもままありそうです。

まあ万全とはいかないまでも奨学金や高額療養費制度、病気で就労できなくなった場合の障害年金などの社会福祉は現代のほうが進んでいるでしょうし、
冠婚葬祭費は家族葬など工夫しだいで出費をおさえられる可能性がありますが。 

193937 ・・・さて最後に、勤倹力行してお金に不自由していない人の生活ぶりは、
そろいもそろって見事なものだが、その中から皆さんの参考になるような、
数々の美徳を拾い出してみましょう。

第一に、お金を大切に取り扱う。

第二に、物を決して粗末にしない。

第三に、人を大切に扱う。

第四に、礼儀が正しい。

第五に、自分の身体を大切に取り扱う。


第六に、恩義をじゅうぶんに心得ている。

第七に、決して無理をしない。


いずれも、現代にも通用する真理ですね。

和田見治氏の著書、とくに戦後の昭和30(1950~)年代に上梓された本、
(敗戦で戦前の制度は瓦解し、リセットしたのちの再建)

いちど拝読したいのですが

現在アマゾンでも品切れか、在庫あっても相当高価なようです。

時代にうもれた先人の皆さんの叡知に、大いに学びたいですね

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2016年5月 7日 (土)

婦人倶楽部付録。

昭和14(1939)年婦人倶楽部10月号付録・『毛糸編物大全集』。

1939101再生糸・残り糸代用糸利用
のキャッチコピーに時局の逼迫を感じさせられますが、
まだ雑誌が大判の付録を出せていた頃。

出征兵士慰問用編み物も発表

慰問用編み物とはなんぞや・・・
と好奇心がわきました。

その解答。

1939102兵服の下に着るらしき
メリヤス編みのシャツ(いわば「お父さんのラクダのシャツ」?)
やズボン下、
腹巻にくつした、今でいうネックウォーマー?

大陸出征の、越冬の厳しさが思いやられます。


意外にも
ズボン下や腹巻、くつしたやネックウォーマー、

当時から輪あみのあみものが多かったのですね。



私がこのなかで
できそうなのはせいぜい腹巻とくつしたぐらいかなあ(^_^;)、
シャツやズボン下のような大物はとてもとても・・・

当時のあみものできる婦人、
年配の主婦から女学生まで、
奉仕活動でせっせと編みためたのでしょうか。

もちろん
徴兵された息子・配偶者・きょうだい
の無事を願いながら編み針を動かした多くの女性の思いがあったことでしょう。

時代を越えた女性たちのかなしみに、ただこうべをたれるのみ。


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2016年5月 5日 (木)

子供はいつも。

今回の古書即売会の収穫。

191323時事新報社刊・『少年』

大正2(1913)年2月号・3月号。


そっくりな表紙で、入稿ミス!?
と一瞬かんぐり(笑)ますが、版色がびみょうに異なっています。

明治末期から大正初めにかけて、
少年雑誌の大御所というべき存在が博文館の『少年世界』、
つづいて『少年』、金港堂の『少年界』、ややおくれて実業之日本社『日本少年』。

そして大正期は北原白秋や野口雨情が
児童文学界に新風をふきこみ

『赤い鳥』『金の船』から
詩も画も新しい才能がキラ星のごとく活躍します。

191321
コサックの軍装で佇む少年は、

重患の噂ある露国東宮殿下(目次より)
すなわち
ロシア皇太子アレクセイ殿下。

このとき御年満8歳。

その薄幸な運命を思えばやるせない気持ちになります。


191331
一コマ漫画に登場するのは、マーク・トウェイン若き日のエピソード。



なんとなくハイカラなのは、流行の和洋折衷の気風のせいでしょうか。

ユーモラスな笑い話。

1913年少年3月号2.jpg

古典落語にも通じるような、思わず口の端がほころび
どこかなつかしい小咄、

1913年少年3月号3.jpg

191322

この系統は昭和戦前戦中の『少年倶楽部』や『主婦之友』まで
人気おとろえなかったようです。

われらが(笑)不世出の児童向け雑誌
大日本雄弁会講談社が『少年倶楽部』を創刊するのは
翌大正3(1914)年。

さあ・・・もう、すぐ。わくわく

19205


ところで蛇足ですが・・・
大正9(1920)年『世界少年』7月号の読者投稿欄より。

一部抜粋、


剽窃について

・五月号剽窃に対して如何にすればよきかとの御問に左の通り愚見申し述べます。

 一、剽窃または暗号者は今後投書を禁じること
 一、投書をなすも没書のこと
 一、愛読者の資格を失うこと(HI)

・水野葉舟先生・・・五月号の作文欄を読んで剽窃が実際にあると聞いていやな気持になりました。しかし私も何時の本だか明らかではありませんが焼き直しを見た事でありました、
私は他雑誌より本誌の作文欄がほんとの正直な文の集まりと信じております。
また本誌に投書する人々に不正な人は居ないと思います。歌壇や句壇にはちょいちょい不正なの
を見受ける事がありますが・・・もしあるとすればわかり次第発表するが一番だと思います。(東京K)

・葉舟先生、前号俳句入賞、青森※※君のは日本少年四月に入賞したのを又世界少年に投書したのです。今度からそんな人があったら、すぐ証拠物件を添えて通知の方に書物をあるいは物品を呈するとしては如何です、私は病床でこれを書きました。乱筆は御免ください。(大分M)

・我が神聖なる世界少年文壇に於いて焼き直し又は剽窃等のいまわしい語を耳にして私は失望するをえませんでした。今後そのような者が現れたら・・・・
遠慮なく厳重な処置をとってください。即ちその者に対して賞品の発送を停止する勿論は今後一切投書を拒絶しては如何ですか私の思うところを腹蔵なく。(福島H)

剽窃
つまり盗作、もしくはパクリ。

・・・昔も、今も、たいして変わりませんね

ただ、同じ作品を別紙に投稿するというのは・・・
雑誌Aで不採用でも雑誌Bに掲載されることはありうるので、
その場合は責められないのでは
と思うけど、この事例はいったん入賞した作品をまた別の雑誌に
投稿しているとのことなので、これはNGかな。

世界少年・大正9年7月号.jpg

しかし時代が代わり人代わっても、
編集や企画は刻々進化するけれども
いつの時代も読者をよろこばせたのしませようとする編集部や執筆者の奮闘、
いつも新刊をたのしみにする読者の気持ちはかわらない。

そしていつの時代も、だれにとっても

子供の存在は未来への明るい希望であることは、唯一絶対の真理
でございます


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2016年5月 3日 (火)

四天王寺春の大古本祭り

20160503123409.jpg

今年も、ひょこひょこといってきました。

四天王寺で年2回、春と秋の古書即売会。

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境内の広大なスペースに(一般店舗なら何軒ぶん???)
膨大な古書、古本屋さんが集結する名物。

手にしてめくれば、出版された「時代」がみえる
無尽蔵な掘り出し物のマーケット
(どれだけ莫大な「お宝」をみすごしていることか・・・)。

ちょうど憲法記念日でもあり、
昭和戦前のレトロ感満載なポスター。

20160503145155.jpg

左から、艦船と航空機、日本酒メーカーの和服美人、天女。

2016春の古書即売会2.jpg

陸軍省のポスター
かと思いきや、小学生向け学習参考書・問題集の宣伝広告
・・・らしい。
勇ましいなあ。

2016春の古書即売会1.jpg

『幼年倶楽部』表紙のようなほのぼの感、
てっきり白木屋か三越デパートの広告?
とみまちがえそうな、

第一徴兵保険(すごいネーミング)株式会社
ポスター。

可愛いお子様の為に 徴兵保険 結婚保険

1930年代がよみとけそうです・・・。


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