血の縁(えにし)。
佐木隆三氏の『恩讐海峡』を読んでいます。
もう4半世紀昔、
1987年の大量偽札偽造事件および宝石商強盗殺害事件、
この主犯の人物が主人公のノンフィクション・ノベル。
当時、私はぼーっとした(笑)大学生だったけど、
「凄い人がいるなあ、どんな童話書いてるんだろう?」
と下世話ながらうっすら好奇心をおぼえました。
今回、地元の図書館にこの人の作品があるのに気づいて、佐木氏の本とあわせて
借りてきた(悪趣味・・・)。
事実は小説より奇なりのとおり、
主人公の半生じたいがまことに劇的で、
複雑な様相をおびている。
・・・うんと単純に図式化すれば
肥大し続ける利己的な欲望を制御しきれず
「悪」に魅入られて破滅した
とでもいうことになるのだろうけれど、
それでわりきれないのは
やはり才能が惜しまれて余りあるからでしょうか。
親日派とされる半島出身の高名な詩人と日本人の母の間に
太平洋戦争開戦まぎわに私生児として生まれた主人公は、
母の郷里で祖母やおじに育てられた。
両親に捨てられた鬱屈した生育期をすごし、
ミュージシャンや反社会組織の構成員、音楽教室主催など職をわたりながら
他方父譲りの文才も開花させてゆく。
郷里では名士の娘だった母もまた凡百の女性ではなく、
戦後、華僑の男性と再婚して
浴用製品企業(現在でも業界有数のメーカー)
を起し成功、『新橋の女傑』として名をはせる。
北原白秋(主人公のペンネームも父の恩師にちなんだもの)門下だった父は
美しく言葉をつむぐ文人であるいっぽう、
破天荒で破滅型の無頼漢でもあった。
浪費家で金銭や女性問題はとてもだらしなく
支持してくれる人々に不義理をかさね
生涯経済的なトラブルになやまされていたという。
詐欺で起訴された詩人と
業務上過失致死(ひきにげ事故)を起した主人公が
同じ刑務所で再会するという笑えないエピソードもあり、
若き日の主人公はそれなりに父との交流もあり
親子の情もかわさなくもなかったようだけれども、
最後はあろうことか
主人公が惚れた女性に父親も手をつけた
ことでついに父子決裂した・・・とは本人譚らしい。
息子と同道しているときすら、
警察にマークされていると気付けば
誰にも告げず
平気で息子を置き去りにして逃走する詩人、
その父から文学的才能のみならず、
「悪」の誘いにあらがえぬ器質的な土台や
アウトローな生き様もうけついだであろうことは想像にかたくない。
壮絶なまさに『血と骨』の物語。
(公判中、利害関係から断れず偽札事件の共犯にされた出版社社長が
主人公をさして「・・・父親ゆずりのペテン師」と証言しているのは
不謹慎だけど可笑しい。)
そして主人公は
演奏活動や文筆活動、文学や思想研究のかたわら
まるで伴走するかのように
犯罪(詐欺、暴行、恐喝、銃刀法違反、強盗、殺人未遂、そして冒頭の大事件)
と前科を重ねてゆく。
服役中も執筆をつづけ、吉村昭氏や杉本苑子氏のような著名な作家からも賞賛されるほどの作品を発表し、独自の児童心理学研究もこころみた。
・・・なんか、読んでいるとかなしくてつかれる。
生来のありあまる多才に恵まれながら、
また生来の悪へ悪へとつきうごかされる衝動をも払拭できない生き様。
文才のみならず
音楽の才能もあり手先も器用、
繊細にして豪胆で
父譲りの人蕩らしの能力もあり
(最後の逮捕当時はイベント企画会社を運営していた)
実際、この主人公ほどの天与の才気と魅力があれば、
お父さんを越えるほどの文豪として後世に名をのこしたり、
また
お父さんに優る世代を次ぐ日韓の架け橋たる文化功労者
ともなれたであろうにと惜しまれます・・・。
「・・・なんで、そっちにいっちゃうのかなあ?」
本人曰くところでは
薬物依存ぎみで誇大妄想癖が頻発したことで
偽札事件や宝石商殺害まで引き起こした
・・・らしいのですが
主人公には戦後成金のお母さんという「金づる」があり
(お母さんから引き出した大金で自作出版や会社設立した)、
それがよいか悪いかはさておき
一般人に比べてはるかにお金に困ることはなかったわけで、
(だからお金がらみの犯罪に手を染める必要もあまりない)
なんとも切ない気分になります。
想像の域をでませんが
お母さんは亡くなるまで
「赤子のときすてたわが子」
のために搾取されつづけたであろうと思われます。
その額たるや、たぶん何十億円ではすまないでしょう。
そして自作の童話、その作品は・・・
一読して驚きました。
くもりなき幼き目がとらえたふるさとの空気すら感じられるような、
清冽で優しい珠玉の童話集。
リアルなのにどことなく幻想的で、リリカルな詩情のおくに横たわった哀しみがある。
・・・それはたぶん、作者自身の
どこにもいない父やもどらない母を遠くから慕う気持ち。
児童文学としても、小川未明にもおとらない至高の才能と思います。
・・・むろん、それも「プロ」の技術であって
読む側がコロリとだまされているのかもしれませんが
(ちょっと『リトル・トリー』を思い出しました)、
ほんとうに、世を欺くならば
「作品で魅了される」まさにこちらのほうで欺いてほしかったなと
しみじみ谷内六郎先生の装画を眺めてしまいます。
主人公が愛憎半ばするお父さんを語った本(残念ながら、地元の図書館にはなかった)
も執筆されていますので、いつか読んでみたいですね。
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