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2015年8月 7日 (金)

流転の技術者・火と燃え傷つき生きて

2013年に85歳で他界された元JUKI常務・小塚忠さん。

全世界でシェアされる、既製服大量生産を可能にした『自動糸切りミシン』の開発者
として、科学技術史にのこる存在ですね。

NHKの人気番組『プロジェクトX』でとりあげられて反響をよびました。
書籍版では『プロジェクトX28 次代への胎動』
中に『ブランドミシン誕生 流転の技術者立つ』
の章で掲載されています。ソフト化してくれないかな?

プロジェクトx.jpg

その小塚忠さんが『プロジェクトX』放映と同年に上梓された自分史

開発者の視点からミシンという道具の魅力がかいまみれる
かと期待したのですが、意外にも(といってはもうしわけないですが)
波乱万丈でドラマティックな半生記。

そんな「時代」だった
というべきなのか、

1928年生まれの小塚さんは模型飛行機づくりが好きな子供時代から、
旧制中学では理数系の科目に才能発揮し、
やがて勤労奉仕で工場に動員されますが
機械の組み立てや分解修理は苦にならず有意義な体験だったようです。

当時の若者のあこがれのまとだった海軍兵学校に合格、入学したもののまもなく敗戦。

あらためてエンジニアを志し
岐阜高専(現在の国立岐阜大工学部)に入学、
混乱する世相と時代の激変のなかで生き様を模索する苦悩を重ね
世の中の不合理に憤り、共産党に入党。

卒業後の何年かは党活動に熱中するも、
レッドパージが激しくなり、よくわからない容疑で逮捕拘留、うやむやなまま釈放
されるかと思えば党内部でもこれまたよくわからない嫌疑で自己批判強要されたのち
党員権利停止処分。

(敗戦の絶望感と虚無から、とくに当時の高等教育を受けた若い世代、インテリ青少年
や作家・ジャーナリストが新たな希望の活路をもとめて
蛍光灯にすいよせられる蛾虫のように社会主義に魅せられたのは、
はしかの様なやむをえない罹患だったのでしょうか。)

絶望感にかられ自殺にあこがれた小塚青年を救ったご母堂のことば、

「今まであなたは、頭の中だけで社会も人生も考えてきた、・・・生きるために働く中でこそ、
本当の世の中がわかると思います。・・・間違っていたと思ったら別の道を歩めばよい」

・・・含蓄のある言葉ですね。そして普遍の真理。

挫折から立ち直り技術者としての武者修行に生きがいを見出した小塚さんは街工場の重労働から
大企業東芝の機械設計まで、職場を転々とします。

その間、党員時代に惹かれていた美しい女性と再会、
たちまち激しい恋におちますが・・・、

まるでフランスの心理小説か映画をみているかのような、
相手も自分も壊しかねない破滅的な恋愛。

地方の名家のお嬢さまで
ロマンティックな文学乙女らしき彼女はしだいに精神をやみ、
恋におぼれる独占欲ゆえに?
家主やまわりの人といさかいを起こし家事もままならず
薬品を大量にのんだり包丁をもちだしたり
しまいにふたりで交互に自殺未遂、

映画化された名作劇画『同棲時代』を地でゆくような
退廃のはてに疲弊しきって大恋愛は終わりをつげる。

まあ、男女関係はどちらが一方的に悪いともいいきれないし、
両方の言い分をきかなければわからない(聞いても他人にはわからないかも)
ことが多いのでしょうが、その後正式に結婚した奥様との家庭生活にはほとんど
ふれておられないのにこの破滅的恋愛に多くページがさかれているあたり、
たしかに「運命的な出会い(と破局)」だったのでしょうね。

恋愛の破綻をばねに、技術者人生に邁進する著者。

『プロジェクトX』の末尾に、その実感のこもった発言が載っています。

「技術には裏切られないんですよ。人に裏切られることはいくらでもありうるでしょう。
ただ、技術で結果が出たやつに、自分は裏切られたことがない。
・・・自分の力が足りなかったから、そういう結果になったんだって、素直に思えるんです」

党活動の蹉跌や恋愛の破綻、苦悩をばねにかえて、技術職ひとすじに精進してきたかた
だからこそ達しうる、うらやましい境地。

それにしても小塚さんの設計の多種多様なこと、
自動車修理、マジックハンド(マニピュレーター)開発、印刷機、歯車ポンプ、業務用瞬間湯沸し器、
農機具のディーゼルエンジン開発。
ミシンひとすじに歩んだ技術者人生かと思いきや、百花繚乱
もう天才の域に達した技術屋さんですね

たぶん、しろうとにもわかるように専門用語をいっさい使用せずきわめて易しく
書き下ろしていらっしゃるのでしょうが、
悲しいことに私ごときには機械分野はまったくわからない(笑)、
わからぬままにくりかえし読んでいます。

家庭的にはあまり幸せでなく、
悲劇的な恋愛にこりて堅実な賢い女性と職場結婚、
にもかかわらず
その奥様が育児中の忙しい時期に緑内障で失明するという不運。

すでに高度経済成長時代、気丈なるがゆえに奥様の絶望感は深く、
まだ幼いお子さんと失明した奥様をケアしながら
モーレツ社員の日々を送るのも並大抵の苦労ではなかったことでしょう。

おそらくあまりにも多忙だったために、
家庭生活に関してはほとんどふれられていませんが、
読めば(下世話でもうしわけないのですが)
顛末が気になることでもあり、
奥様が幸せな結末をむかえられたのかどうか、知りたくなります。
(その後のことがふっつりと書かれていないことから察するに、
奥様は失意のなかで若くして先立たれたのかも)

自分史の全篇を通して感動するのは、
「人はどんなときも、苦境にあっても自らの果たすべき使命は果たさねばならない」
というシンプルなメッセージにつらぬかれていることでしょうか
(小塚さんの場合、それが『天職』の技術者人生、機械の設計開発だった)。

お子さんからみた父上の人生はまたちがった側面がありましょうし、
残念ながら続編はないでしょうが
本書のつづきが読みたい。
・・・と渇望してしまいます。
合掌。


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