あの空にも悲しみが・続
『あの空にも悲しみが』
は大ベストセラーとなり、貧しいガム売り少年のユンボギは一躍
韓国で最も有名人になってしまいました。
キム・ドンシク先生はじめユンボギを応援する人たちの尽力で、
妹のスンナ(旅館で住み込み奉公のようなことさせられていた)も家に戻ってきました。
まだ小学校高学年のユンボギにとって、あまりに眩しくて目もくらむばかりの
幸せなひとときだったのではないでしょうか。
お母さんはいないけれど
家族がそろい、家賃がはらえず追われる寸前だった掘っ立て小屋から
こぎれいな家にうつり、
ガム売りや物乞いをしなくてもごはんが食べられて
中学入学にむけて勉強ができる、
幼いユンボギはそれだけで世界でいちばんしあわせを感じていたことでしょう。
・・・成長とともに、
また成人してからも、
幼少期にあまりにも有名になりすぎた反動で
(ベストセラーや名子役の宿命ともいうべきデメリット)
ユンボック氏はさまざまな岐路で悩むことになります。
出版された日記は売れに売れて爆発的なブームをまきおこし、
ジャーナリストや代議員など多くの偉い人がユンボギに会いにきた、
日本的に考えると
莫大な資産が入ってきたであろうと察するのですが
当時動乱の未成熟な社会システムのためか
(版権や印税が原作者にちゃんと還元されなかった?)
マスコミにいいように利用されたのか、
ユンボギ家には、世間が思い込んだほどに見返りはなく、
ユンボック氏は(短い)生涯を通して生活苦と戦うはめになります。
(生前、氏が裕福だったことは、ついぞなかったという)
『ユンボギが逝って』によれば
80年代には、日本から本の印税収入がいくらか入るようになったとのこと
(ということは、それまでは日本からの入金は無かった?
日本で65年に出版されてから100刷以上のベストセラーになったのに)、
こちらの考察も印象深いので、読んでみてください。
『あの空に悲しみが』は映画化(韓国映画史に残る名作らしいです)され、
映画のキャストと対面したことや
実際に家族で映画をみにいったことが
『あの空にこの便りを』に書かれています。
映画や監督について、韓流ファンのかたがこちらのブログで書いていらっしゃいます。
が、映画があまりにリアルに事実にそって作られていたせいか、
ショックをうけたユンボギのお父さんは再び酒びたりの悪癖に依存してしまい、
そのことが原因で
ユンボギたちが第二の母とも慕った
世話係りの優しいお姉さん(出版された日記を読んで感動し、自らすすんでユンボギ兄妹の
役に立ちたいと訪れて家政をみていた)
も家を出てしまう。
ベストセラーの弊害、
・・・存命実在の人物をあつかうノンフィクションの難しさでしょうが、
自営の工場をつぶし職もなく
幼い子供たちにガム売りや物乞いをさせているお父さん
にご近所や世間や国中の非難が集中したことは想像にかたくない。
そしてようやく見つかったお母さんは、
すでに異父弟を生んでいた。
待望の中学入学決定からまもなく
パクおじさんに連れられて
7年ぶりに果たしたお母さんとの再会は、むしろ悲しいものになりました。
『ユンボギの詩 あの空にこの便りを』より
お母さんがた、きもにめいじて 聞いてください。
なん百回 いいわけをしても いいわけにはなりません。
幼い子どもを 産んで 逃げていかないでください。
それは 産んで 殺すのと 同じことです。
息子や 娘たちを にくむ 情けない お父さんがた。
お母さんを たたいて 追い出してしまった お父さんがた。
風にふらふら 飲んべえの お父さんがた。
子どもを産んで 逃げてしまった 無情な お母さんがたを ぼくは告発します。
思春期を迎える、ユンボギ少年のかなしみの告発は
時代を越えて
・・・というよりいまのニッポンだからこそ、いっそう
読む者の胸につきささります。
お父さんとお母さんは、その後
もとのさやにおさまることはなく
長男ユンボック氏に先立たれてのちも
お父さんはひとり暮らしでほそぼそと露天商を営み
お母さんは成人したスンナさんはじめ弟妹の家をまわって暮らしたとのこと
で、おふたりともに
頼もしいご長男に先立たれた悲しみは深かったでしょうが、
せめて安らかな老後ののち
ユンボック氏のおそばに往けたであろうことを祈りたいです。
成長したユンボック青年は、
経済的な問題から念願の大学進学は果たせず、
ソウルで商売を転々としながら天職を模索するも
間に兵役があったりやっと入社した会社が傾き整理されたり
と頓挫が多くつねに悪戦苦闘しながら、
自分がベストセラーの主人公「ユンボギ」であることをカミングアウトするのを
好まず自分の実人生を自力で切り拓こうと頑張っていたそうです。
(カミングアウトすれば企業宣伝にもなり就職もぐっとスムーズだったであろうに、
「過去の自分」に訣別して強く生き抜こうとした、
不器用といえばいえるけれども、いかにもユンボック氏らしい)
「世の中に対して一回世話になっただけでもこんなに頭が上がらないのに、
今こうして大人になって、もう一度そんな立場に置かれたら、
ぼくは永久に自分自身で生きられなくなるだろう」
結婚して家庭をきずき子供もうまれ
最終的に名の通った製紙会社に職を得て、
ようやく生活が安定し
幸福をつかみかけたかというとき、肝炎の悪化で
ユンボック氏はこの世を去りました。享年わずか38年。
写真にみるユンボック氏は
『あの空にも悲しみが』のイメージと異なり意外にも(失礼)、
アスリートのようながっしりした体格で
意志の強さとそのお人柄を感じさせる精悍な面立ち、
やはり若くしてお亡くなりになった三沢光晴さんにちょっと似てるなと思いました。
奥様の述懐。
・・・あなたはどこの誰よりも情の深い人でした。
道で不幸な人に出会うと、手持ちのお金を全部差し上げたりしましたね。
道で子供が、ひどい交通事故にあって命をおとしたのを見ては、
その子供の冥福を祈りながら、その子のために自分が最も大好きなタバコを止めましたね。
たくさんの苦労を経てきたので、人の不幸をたやすく見過ごせないあなたでした。
『ユンボギが逝って』より
・・・仕事に追われるなかで、ユンボギは幼年時代の自分のように現在不遇なめにあっている
幼児たちに、月にいくらかずつでも送ってやりたいという考えを抱くようになった。
彼は本当に生活に少しのゆとりでも生じれば、遠くからでも不幸な子どもたちを
手助けしたかった。またそうすることだけが、自分がこれまでこの世から受けてきた
助力と同情に応える道だと考えた。
しかし、彼自身も高くない部屋代さえ払えなくて困るありさまで、
人助けをするというのは実に難しいことであった。
ユンボック氏が長寿に恵まれ経済的にも苦しい時期を脱していれば、
天分を開花させどれだけ社会に大きく貢献なさったことか、
早過ぎる永遠の旅立ちに天の無情が恨めしくすら感じられますが、
貧困や劣悪な環境に
侵されることない
高貴な品格、
誇り高く立派なかたがいらしたことを語りついでほしいと思います。
韓流ファンタジーもメロドラマもいいけど、
時代背景や映画も挟みながら、伝記ドキュメンタリー番組制作して
NHK衛星あたりで放映してくれるとうれしいですね。
画像は、『あの空にも悲しみが』コミカライズ版
ユンボック氏が他界した2年後の1992年、
なんと母国にさきがけて日本で翻訳出版されたのだそうです
(児童書出版で著名な小峰書店刊)。
かわいそうな境遇の子が懸命に生きる
悲しい話が、いかに好まれるわが国であることか・・・
手がけたのは韓国の漫画家のかた。
ユンボギ少年をあたたかく見守るような
優しくユーモラスな画風が心に沁みます。
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コメント
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突然のコメント、失礼いたします。
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今回書評を拝読し、ぜひ本が好き!にも書評を投稿していただきたいと思いコメントいたしました。
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不明な点などありましたらお気軽にご連絡ください。(info@honzuki.jp)
どうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 本が好き!運営担当 | 2016年4月19日 (火) 11時28分
和氣さま、ようこそおこしくださいました。
おさそいいただき、ありがとうございます。
ゆっくり考えてみます。
投稿: saruyuri | 2016年4月19日 (火) 12時45分
saruyuri 様
ご返信いただき誠にありがとうございます。
saruyuri様のことをお待ちしておりますね。
どうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 本が好き!運営担当 | 2016年4月21日 (木) 09時21分