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2025年8月18日 (月)

すばらしき先人たち。

20242_20250821185701 1938(昭和13)年5月号『家の光』220ページより
(画像上部が切れていますが・・・)

やさしい兵隊さんと支那の孝行娘

・・・香川県木田郡平井町の高木彌太郎さんのもとへ、
北支の志渡勇一さん(写真の兵隊さん)から、写真といっしょに、
次のような手紙が来ました。
「自分(兵隊さん)の抱いている支那の女の子は蘭琴(らんきん)といって、
8歳になりますが、家が大へん貧乏なうえに、お父さんはリューマチスで
三、四年前から働けなくなり、お母さんはこのあいだ赤ちゃんが生まれて、
まだ寝たきりなので、蘭琴がたった一人で働いています。
自分はご飯の残りや、支那のお米などを蘭琴のところへ持って行ってやったり、
ひまの時には日本語を教えてやったりしています。
蘭琴も自分をたよりにしてくれますし、自分も妹のように思います」

時あたかも日支事変たけなわ。
やさしい兵隊さんは、けなげな女の子に
郷里の弟妹やわが子の面影を重ねていたのでしょうか。

1942(昭和17)年3月号『少年倶楽部』より

20232_20250821185701 兵隊さんとマレーの子供 加藤まさを画

・・・強くてやさしい日本の兵隊さんたちは、早くも南方共栄圏の人たち
と仲よしになっています。
やしの葉かげに戦車をとめて、汗をふいている兵隊さんたちのところへ
マレーの子供たちが、水のしたたるような、おいしい果物を持って来ました。
『ほう、こりゃうまい』
兵隊さんたちもニコニコ、子供たちもニコニコ。
米英の手にいじめられていた南方の人たちも、皇軍のおかげで、
生まれかわったように明るく、ほがらかになりました。

美化はあるにせよ
実際にこのような感じだったのでは。
そして日本軍と接した東南アジア地域の子供たちは
やがて成長して植民地支配からの独立の機運に目覚めた
・・・と、言えなくもないかも。

1942(昭和17)年4月号 『少年倶楽部』より

20231_20250821185701 日本武士道に敵兵も泣く 田中良 画

・・・マレー戦線におけるわが軍の進撃が、
あまりに急であったので、英豪軍は、戦友の死体をかたづける間もなく
逃げ去った。
わが田村少尉の部隊では、これら無名戦士のため、
バト・バハの町はずれにある美しい緑の岡に、
土饅頭をもって、その上に十字架の墓をたててやった。

やがて、墓参をゆるされた英豪軍の捕虜たちは、わが勇士とともに、
戦友の霊に心からの祈りをささげたのであった。
墓標には、日本字と英語で、『英豪無名戦士之墓』ときざまれている。
そばには彼らの使った小銃が叉銃され、バラの花が二輪そえられている。
これがあれほど勇猛だった日本軍人であろうか。
捕虜の中には、皇軍の情けにたまらなくなって、聲をあげて泣きだす
者もあった。

世界一強い日本軍は、また世界一やさしい心をもった軍隊であることを、
彼も心の底から知ったことであろう。

20241942_20250821185901 戦後、日本の美談、感動的なエピソードは
悉く抹消され、
これでもかと父祖をおとしめはずかしめる戦勝国プロパガンダで
義務教育までもが塗り替えられてしまいました。

戦後80年。
すでに長い歳月が経ちました。
ただお国のために、がんばってくださった
先人のみなさまを尊敬感謝こそすれ
さげすまねばならない必然性は、皆無。
そしてよりいっそうの平和と繁栄のために
いまこそ日本が覚醒しますように。

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