『マタハリ』その魅力。
史実のマタハリの処刑は1917年10月15日。
当時の日本の新聞にも載りましたが
わが国でマタハリ伝説が人気となるのは
1932年公開のグレタ・ガルボ主演映画
『間諜マタ・ハリ』あたりからでしょうか。
事実は小説よりも奇なり。
零落した良家の子女
だったオランダ人の少女が
生活のため植民地勤務の将校と結婚して
オランダ領インドネシアに渡り
ジャワの舞踊に魅せられ、
不幸な結婚生活にピリオドを打ち
フランスのパリにむかい
東洋美術愛好家で知られたギメ夫妻に見いだされたのを
きっかけに
オリエンタルな舞踊家に変身。
パリはじめヨーロッパ各地の舞台で大人気ダンサーに。
しかし第一次世界大戦勃発で
エンタメ業界は衰退、
加齢とともに人気低迷もあり
今後のビジョンを思いあぐねているやさき
フランス諜報部にふっかけられてスパイ活動を余儀なくされる。
それ以前にドイツの警察や官僚、
各国の政府高官ともひんぱんに接触していた履歴があだになり、
ついに二重スパイの汚名を着せられて処刑。
悲劇的ながら
虚実いりまじる生涯を
せいいっぱい大胆に、奔放に生き抜いた
果敢な女性の一代記は
時代を越えて人々を魅了しつづける。
ベストセラー『アルケミスト』の作者コエーリョの小説『ザ・スパイ』の表紙。
全盛期のマタハリの横顔。
私のもっているなかで(笑)
最も詳細なマタハリの評伝。
上記ラッセル・ウォーレン・ハウの『マタ・ハリ』
に記載されている写真。
マタハリは
第一次大戦下に知り合った
ロシアの青年将校ウラジミール・マスロフと
恋仲になり、
彼とともに暮らす経済的安定のために
フランス情報部のジョルジュ・ラドゥーの
スパイ勧誘を了承したとされています。
ミュージカル『マタ・ハリ』でマタ・ハリと激しい恋におちる
アルマンのモデルは、このマスロフと思われます。
マスロフは戦線で負傷し左眼を失明、
彼女は野戦病院に赴き献身的に看護。
野戦病院までの通行許可証の入手や
負傷した彼との今後の生活に不自由しないだけの
膨大な資金を得るために、スパイ活動に従事。
ただし実際の彼女の活動の内情は、
あまり価値がないものだったとも。
左は官僚然とした風貌のラドゥー、
右はマスロフがマタハリに贈ったメッセージ入り写真
『僕の愛しいマリーナへ・・・貴女のヴァディム』
彼女と彼は『ヴァディム』『マリーナ』の愛称で呼びあっていた
といわれます。
しかし、すでに彼女は彼の母親ほどの年齢(約20歳差)。
彼は
奇しくも彼女が
植民地時代に不幸な事故でうしなった幼い息子が
生きて成長していれば、ほぼ同年。
彼のほうがどれだけ本気だったかはわかりませんが
結局、軍の上司から
あやしげな交際を注意されて
彼はあっさり彼女を見はなした・・・。
そして第一次大戦後、
マスロフは
帝国が瓦解し
社会主義・ソビエト連邦
となった祖国に帰国(その後の消息は不明)。
ロマンティックではない現実。
が、著者ハウの一文
・・・彼がマタ・ハリと結婚して、アンリ・マルタン大通りで
亡命生活を送ることにしていたら、この不釣り合いな結婚が
とても長続きはしなかったとしても、
彼女は彼の命を救っていたはずである。・・・
プロデューサーは
案外、このような『もし・・・たら』
をヒントに、ミュージカル『マタ・ハリ』を
創造したのかも・・・とイメージしたり。
悲運の最期を遂げた有名人にありがちなように、
彼女にも
『マタ・ハリ』生存説はついてまわり、
一般的によく流布されているうわさのひとつに
・・・マタハリを愛する裕福な貴族が、兵士たちを買収して
処刑されたと見せかけて彼女を脱出させた。
ふたりはどこかの古城で幸せに暮らしている。・・・
というものがあります。
(こうであってほしい)
とする大衆の願望、
それを支える彼女の人気のほどがうかがえますね。
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