古本コレクション

2026年7月15日 (水)

高度経済成長期を担った「昭和のミシン」。

『​国際写真情報​』インターナショナルグラフィック・1957(昭和32)年11月号より。

20263_20260715145701 ミシンは戦後復興と
技術立国・日本の象徴でもありました。

20262_20260715145701 ジューキミシン・調布工場にて
ミシンの試し縫い。

1957年当時から、ジューキ独自に開発された
『ロータリックス天秤ミシン』は活躍していたのですね😍。

本文より

国産ミシンの誕生

いまから約百年前の万延元年、幕府の遣米使節
新見正興に随行した中浜万次郎の手によって、
ミシンは始めて日本に紹介された。
「この縫物機へ足を掛くれば、その車運転して台上の針
自然と上下、暫時四、五尺も縫い出す也」
と、彼はミシンを初めて見たときの驚きを、こう日記に
書き残している。
国産ミシンが誕生したのは、それから約七十年たった
昭和初年のことだが、シンガーミシンの特許が切れていた
のを幸い、これを分解してお手本にしたわけである。
こうして国産ミシンはできたものの、ミシンといえばシンガー
といわれた時代は、ずっと戦前まで続いた。
戦後、風呂敷でブラウスを作ったり、日の丸の旗でパンツを
作ったころから、まるで雨後の筍よろしく、ぞくぞくと洋裁学校
ができはじめた。そして洋裁学校へ通うのを「ミシンを習いにゆく」
といった時代を境に、日本のミシン産業は今日の盛況をきずく、
第一歩をふみ出したのである。

目覚しいミシン産業

軍需産業から平和産業へと転換の先頭に立ったミシン産業は、
生産高も二十一年に四万六千台、二十二年には十四万七千台と、
戦前の最高であった十五万台にせまった。更に二十四年には
三十万台、二十五年五十万台と、ミシンの生産は急ピッチに上昇。
二十六年にはついに百万台を突破。
三十年には百八十万台を越えて、昨年は実に二百万台のミシンが
生産された。
銘柄もブラザー、三菱、蛇の目、パイン、ジューキ、リズム、リッカー、
トヨタ、福助など、何と二百以上におよんでいる。
したがってメーカーも、資本金何億という大会社から、
工員が三、四人で部品を買い集めて、ドライバとヤスリ、カナヅチで
組み立てる「ヤスリミシン」のアセンブリ・メーカーまでふくめると、
その数は数百になるという。
日本のこの目覚しいミシン産業の攻勢は、国内からシンガーを駆逐
したばかりでなく、逆にシンガーのおひざもとであるアメリカへ、
ニッポン製のミシンがどしどし侵出したのである。

海外でもシンガーを駆逐

ミシンの輸出が活気をていしてきたのは、昭和二十五、六年頃からの
ことだが、昨年度は生産された二百万台のうちで、国内で消費されたのは
その四分の一、台数にして五十万台、あとの四分の三の百五十万台が
海外へ輸出されており、しかもそのうち約七十万台がアメリカに
向けられている。
海外で日本のミシンがこれほど売れたのは、第一に値段が安かったこと
によろうが、品質の点でもシンガーや、戦後めきめき名をあげた
イタリー製の"ネツキ"などに、けっして引けをとらないそうである。
日本からの機械輸出のなかで、ミシンはいまや造船についでランク
されているほどだが、しかもその%は年々増加の傾向にあるという。

・・・ちなみに『​ネッキ​』は現在もイタリアの有名ブランド、

老舗ミシンメーカー
で、ネッキの高性能ミシンはわが国でもファンが多いようですね😊。

また世界を席捲する巨大ミシンメーカーの『シンガー』は、
もちろん日本市場から駆逐されたわけでなく、
日本の『パインミシン』と提携して
日本製シンガーミシンを誕生させます。
奇しくも本記事と同年の1957年。
この『パインミシン』(親会社は日本製鋼)
の本社工場が栃木県宇都宮市で、
シンガーの名機『191u』や『188u』のUは宇都宮のU。

戦後の時代の荒波のなかで、殖産興業。
『ミシンメーカー』は、まさしく『昭和』時代をになった
一大花形産業だったのですね。

20264_20260715145701 部分拡大。

工業用ミシンは、
2026年現在も、基本的にほぼ変わりませんが
1957年当時はまだまだ『足踏み』が主流。
昭和30年前後には
すでにミシントップを収納できる
コンパクト(笑)なボックス型が出来ていたのですね。

家庭用ミシンでは
やがて使わないときに押し入れにしまっておける
よりコンパクトな
フットコントローラー付き電動ミシンが普及してゆきます。

・・・そして時代は、大量消費時代へ。

1962(昭和37)年刊『​世界の一流品​』の
「ミシン」の項には、すでに

・・・インスタント時代で既製服が揃っているから
ミシンを動かす必要性は少なくなったことも事実だ。
ワンピース、ブラウス、スカートくらいは自分で
ミシンを踏んで縫うという立派な心がけの女性は減っている。
あるメーカーがどのくらいミシンが使われているかを調べたら
週にニ、三回がいちばん多く、二番目が半月に一回、
全体の三分の一が前は使ったが、いまは使わない、ほとんど
使わないという置きっぱなし組。
しかし実働時間の少なくなったミシンも、嫁入り道具には
欠かせぬもののようだ。だからメーカー側も、女性の数だけ
ミシンは作っても作り過ぎではないとソロバンをはじいている。
・・・
と、あります😅。

20261_20260715145701 おまけ、裏表紙。
昭和32年の女子学生ファッション?
いまでいうシンプルシックでしょうか。
さりげない装いなのに、そこがおしゃれ💗。

モデルは『ドレスメーキング』はじめ
当時の有名雑誌で活躍した美女・平野千枝子さん。

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2026年5月27日 (水)

海軍記念日。

5月27日は日露戦争の日本海海戦勝利の日、
​海軍記念日​です。

20228_20260603165201 戦前少年倶楽部のコラム。

当時の子供たちにとって、
端午の節句とならぶ
5月の祝日だったことでしょう。

20221_20260603165201 少年倶楽部1932(昭和7)年5月号の表紙
(1971年発行の復刻版)。



『​海軍記念日の歌​』も幾つかあったようです。



2026_20260603165301 時代はかわり
21世紀の海自基地・舞鶴の案内板
(数年前に撮影💦)。

もしやかの有名な「ガールズパンツァー」??
ミリおたプラスアニおた???

平和が恒久に続きますように。
そのためにも
日の本を護る陸海空防衛は強くあれかし。

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2025年10月17日 (金)

憧れの『スエーデン刺繡』。

20257_20251108200702 20256_20251108200701 婦女界出版社刊『スエーデン刺繡』。
昭和34(1959)年発行。定価340円。
古本市で600円でした。

この表紙。
ネットオークションやネット古書店でも
よく見かけるので
当時の大ブームをけん引したベストセラーだと思います😊。

20251_20251108200701 『スウェーデン刺しゅう』は
手芸研究家の久家道子さんが
若き日に懇意になったスウェーデン人ご家族の
室内装飾等にヒントを得て
1956年ごろに発表した技法。

瞬く間に大ブームになり、
小中学校の家庭科や学校の家庭科クラブでも
好評博したそうです。

これも
久家道子先生が開発した
独自の織のスウェーデンクロスを用いて
クロスの織り目を数えながら刺してゆく刺しゅう。

20255_20251108200702 基本は運針で、刺しゅう枠もつかわず
子どもからお年寄りまで
誰でも簡単に楽しめる新しい手芸は
昭和30年代(1960年前後?)に大ヒット。

20254_20251108201001 20253_20251108200701 その特徴は、図案や配色の美しさはもちろん、
土台となるスウェーデンクロスが欠かせません。
色とりどりの刺しゅう糸でクロスの織り目をすくって刺す、
糸の重なりと布の風合いが浮き彫りのような質感
となり独自の魅力が生まれるのでしょう💗。

残念ながら私の小中学校時代(1970年代半ば~1980年前後)は
スウェーデン刺しゅうに接する機会ありませんでしたが
久家道子先生の
愛弟子・五十嵐富美先生が
現在も新刊上梓なさっているのはうれしいかぎりです😊。

 

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2025年10月15日 (水)

古本市の収穫。

今回の古本市の収穫。
数は少ないのですが、まずこちら。

20253_20251108120701 昭和24(1949)年発行。600円。
見たとたんにとびつきました😍。

新書版で紙質もよくないですが、当時の定価120円。
現在ならば2,000円ほど? 高価な実用書ですね。

当時垂涎の的だったシンガーミシン。

20252_20251108120701 右は一般的な家庭用ミシン(国産のHA型に該当)、

左は厚物縫い用(同じくTB型)、現行の職業用ミシンと家庭用ミシンの中間のパワー?


1950年前後、一般家庭で用いられていたのはほとんど
シンガーの家庭用ミシンを模した国産のHA型だったのではないかと思われます。

20251_20251108120701 上糸のかけ方と
下糸の用い方。

・・・今もおぼつかない、だめな私😅。


20252_20251108120702 日本ヴォーグ社刊『​ゴールデンレース編3​』。
昭和57(1982)年発行。500円。


20251_20251108120702  昭和レトロな雰囲気がすてき。

うれしいことに編み図もあまり難しくなく、
ぼつぼつチャレンジしてみたいです😊。

 

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2025年8月18日 (月)

すばらしき先人たち。

​​​​20242_20250821185701 1938(昭和13)年5月号『家の光』220ページより
(画像上部が切れていますが・・・)

やさしい兵隊さんと支那の孝行娘

・・・香川県木田郡平井町の高木彌太郎さんのもとへ、
北支の志渡勇一さん(写真の兵隊さん)から、写真といっしょに、
次のような手紙が来ました。
「自分(兵隊さん)の抱いている支那の女の子は蘭琴(らんきん)といって、
8歳になりますが、家が大へん貧乏なうえに、お父さんはリューマチスで
三、四年前から働けなくなり、お母さんはこのあいだ赤ちゃんが生まれて、
まだ寝たきりなので、蘭琴がたった一人で働いています。
自分はご飯の残りや、支那のお米などを蘭琴のところへ持って行ってやったり、
ひまの時には日本語を教えてやったりしています。
蘭琴も自分をたよりにしてくれますし、自分も妹のように思います」

時あたかも日支事変たけなわ。
やさしい兵隊さんは、けなげな女の子に
郷里の弟妹やわが子の面影を重ねていたのでしょうか。

1942(昭和17)年3月号『少年倶楽部』より

20232_20250821185701 兵隊さんとマレーの子供 加藤まさを画

・・・強くてやさしい日本の兵隊さんたちは、早くも南方共栄圏の人たち
と仲よしになっています。
やしの葉かげに戦車をとめて、汗をふいている兵隊さんたちのところへ
マレーの子供たちが、水のしたたるような、おいしい果物を持って来ました。
『ほう、こりゃうまい』
兵隊さんたちもニコニコ、子供たちもニコニコ。
米英の手にいじめられていた南方の人たちも、皇軍のおかげで、
生まれかわったように明るく、ほがらかになりました。

美化はあるにせよ
実際にこのような感じだったのでは。
そして日本軍と接した東南アジア地域の子供たちは
やがて成長して植民地支配からの独立の機運に目覚めた
・・・と、言えなくもないかも。

1942(昭和17)年4月号 『少年倶楽部』より

20231_20250821185701 日本武士道に敵兵も泣く 田中良 画

・・・マレー戦線におけるわが軍の進撃が、
あまりに急であったので、英豪軍は、戦友の死体をかたづける間もなく
逃げ去った。
わが田村少尉の部隊では、これら無名戦士のため、
バト・バハの町はずれにある美しい緑の岡に、
土饅頭をもって、その上に十字架の墓をたててやった。

やがて、墓参をゆるされた英豪軍の捕虜たちは、わが勇士とともに、
戦友の霊に心からの祈りをささげたのであった。
墓標には、日本字と英語で、『英豪無名戦士之墓』ときざまれている。
そばには彼らの使った小銃が叉銃され、バラの花が二輪そえられている。
これがあれほど勇猛だった日本軍人であろうか。
捕虜の中には、皇軍の情けにたまらなくなって、聲をあげて泣きだす
者もあった。

世界一強い日本軍は、また世界一やさしい心をもった軍隊であることを、
彼も心の底から知ったことであろう。

20241942_20250821185901 戦後、日本の美談、感動的なエピソードは
悉く抹消され、
これでもかと父祖をおとしめはずかしめる戦勝国プロパガンダで
義務教育までもが塗り替えられてしまいました。

戦後80年。
すでに長い歳月が経ちました。
ただお国のために、がんばってくださった
先人のみなさまを尊敬感謝こそすれ
さげすまねばならない必然性は、皆無。
そしてよりいっそうの平和と繁栄のために
いまこそ日本が覚醒しますように。

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​​​​

2025年4月29日 (火)

古本市の収穫。

20251_20250510232001 春の四天王寺の古本市
を、ちょっとだけのぞいてきました。

本音をいえば
古書市場では思いきり散財したい・・・
のですが、
かなしいかな
今回はお墓じまいですっからかん😂🤣。

20252_20250510232001 インバウンドで
海外のお客さんが増えました。
骨董市では、さらに賑やかかも。

20253_20250510232001 十三まいりの、知恵の輪が設置されていました。

かけあしで回って・・・
今回の収穫。

20251_20250510232101 左は、1979年刊・主婦の友ヒットシリーズ
『手あみセレクト ラブリーウェア』、300円。
右は1966年『婦人生活』11月号付録
『家中みんなのリフォーム』、400円。

20251_20250510232103 20252_20250510232103 『ラブリーウェア』より
ポンチョのようなトップダウンセーター。
寒い時期のホームウェアに、よさそう。

20253_20250510232102 20254_20250510232201 おしゃれなかぎ針編みのカーディガン。

日本ヴォーグ社が『ネックから編むセーター』最初のテキスト
を上梓したのは1981年だったと思いますが、
それ以前からトップダウンで編むデザインは発表されていたのですね😊。

『家中みんなのリフォーム』より。

20252_20250510232102 パパのワイシャツから
ママのスカートから
子供服に作りかえるのは、昭和の日常?

20254_20250510232101 作る側のセンスが試されますが・・・
いまでもヒントになりそう。

20253_20250510232101 20251_20250510232102 色とりどりの手芸こもの、
カラフルでちょっとサイケなハンドメイドのバッグは
昭和40年代のアイコンでしょうか。
このまま真似はできないけど、懐かしいなあ。

20252_20250510232101 こちらは
昭和21(1946)年8月発行の
『スタイルと裁断 ドレスの巻』200円でした。

終戦の翌年、食べるものも着るものも欠乏していた混乱期
に、開明的なレディスファッションの提案が
どれほど当時のみなさんに夢と希望をあたえたことでしょうか。

同時期に
中原淳一先生や
のちの『暮しの手帖』名編集長の花森安治氏も
女性らしくおしゃれな新時代のデザインを掲げておられましたね。

20252_20250510232401 20253_20250510232401 原型の作図。
胸囲を基準に比例尺を作り
前後原型に当てはめる方式は
婦人之友社の西島式洋裁に重なるような?

私も不勉強でドレメ式と文化式しか存じませんが😅、
各学校、先生がたが
よりつかいやすい原型を開発しようと模索していた時代でしょうか。

20251_20250510232401 フィットアンドフレアで
長すぎずひざのかくれるスカート丈。
これも想像ですが
新しい服地の調達がかなり難しかった当時、
手持ちの和服をほどいたり
反物が洋裁の材料となり、少ない面積の生地で
継いだり、はいだり
しても美しくみえるように
プリーツやタック、切り替え線を工夫されたのかなと思います。
20255_20250510232601 20254_20250510232601
リアル『サザエさん』ファッション?

たいせつに、保管して拝読したいですね。

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2023年12月18日 (月)

日支事変のころ。

​​日支事変​当時の『少年倶楽部』口絵より。


20233_20231223092601 昭和17(1942)年2月号掲載。川上四郎画。

すでにアメリカと交戦中でした。

切なく、身につまされるものがあります。

ちょうど、小学生のころのなき父と重なって見える、
祖父は戦時中から当時としてはもうかなりの年齢で
若い頃肺をわずらったこともあり、
徴兵はいかずにすみましたが・・・

当時の日本中のご家庭が、ほぼこんなものではなかったかと。

父の生まれ育った家は
赤貧あらうがごとき寒村で
貧しい村のなかでもひときわ貧しい家族だったので
これよりさらにひっ迫していたかもわかりません
(祖母は家事のじょうずな人ではなかったので、針目もまずくていっそう貧しさが引き立ったかも)。

『窓ぎわのトットちゃん』とはかけはなれた別世界、

国民の多くがこんな状態(わが家はそのはるか下)で、
大国アメリカや全世界を敵に回して戦争したとは
無謀というかなんというか、

滂沱と涙がこみあげてきそうです。

20222_20231223092501 昭和13(1938)年6月号掲載。加藤まさを画。

当代一流の画家が、児童向け雑誌にも
心血注いで描いたことが伝わってきます。

本文より

『戦線に春深し』

・・・日本軍が進むと、支那軍は遠く後ろへ退却して、

もうこの町には一兵も残っていません。

 皇軍の勝利を祝う日章旗が、城門高くひるがえって、

コバルト色の空に美しく輝いています。

 逃げ足の速い支那軍が置き去った武器を整理して、

一つ所に集めると、青龍刀や銃や弾薬の山が出来ました。

中には外国製のすぐれた機関銃などもあります。

 『こんなに置き土産をもらっちゃすまんな』

 一人の兵隊さんが冗談をいいながら、高射機関銃

の構造をしらべていると、支那の子供が三四人、

なつかしそうに寄って来ました。男の子は手に日の丸を、

小さい子はおいしそうにキャラメルをしゃぶっています。

向こうで休んでいる兵隊さんにもらったのでしょう。

 新緑に覆われた広い広い野原は、日本で見られぬ雄大な眺めです。

絵の得意な兵隊さんはそれを写生して、国の弟に送ってやるんだと、

倒れたポプラに腰かけて、スケッチをはじめました。

 忙しい戦線の一時を慰問するように、気持ちのよい春風が、頬をなでて過ぎます。


戦士の休息。

実際に、こんな感じだったのでしょうか。

われらが父祖に、敬礼。

​

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2022年12月25日 (日)

和製『ジャングル・ブック』?

1938(昭和13)年、実業之日本社刊・『日本少年』より、

202219301 赤ちゃんの頃、荒鷲にさらわれたのを
野犬に救われて育てられた野生の少年が主人公の連載小説。

『​ジャングル・ブック​』(+『ターザン』?)の亜流といえば
戦後間もないころ大ヒットした
山川惣治『少年王者』『少年ケニヤ』、
南洋一郎『バルーバ』シリーズ
など思いつきますが、戦前から児童向き読み物として人気があったのでしょうね。

202219302 作者の​三島通陽​子爵(ペンネーム三島章道)は
日本のボーイスカウト運動に尽力した人物、
挿絵は宮本三郎画伯。
なんと豪華な。


ジャングル(あるいは山や峡谷)で動物に育てられた子
が野生動物の胆力と身体能力に人の知力をあわせもち、
縦横無尽に活躍するストーリーは
子供たちに愛読され血を沸かせたにちがいありません。
さがせば
まだまだたくさんありそうです。

それにしても
『​狼に育てられた子​』伝説には
神話や旧約聖書もさることながら
『ジャングル・ブック』(舞台もインドのジャングルだし)
の影響が大きいのだろうなと痛感します。

 


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2022年8月27日 (土)

戦時下のユーモア・ほか。

主婦之友1941年12月号より、

​近藤日出造​画伯の『家庭時局漫画』。
2022194211
近衛文麿さんは長身で
東條閣下は小柄
でいらしたのですか
(あまりそういうこと考えたことがなかった)。

第二次大戦の
戦前戦中の日本は、旧社会主義諸国なみに
暗黒の独裁国家であったかのように
戦後教育で思い込まされているのですが、

このコマみるかぎり、
おおらかな風刺?
が許される空気はあったようですね。

2022194212
大学、専門学校の卒業期三月繰上げ。

・・・この1年余りのち、
学徒動員令
で数多の大学生が犠牲となりました。
資源乏しいわが国で、
今も昔も最大の財産は『人材』。
未来を担う若き『人材』は国が率先してたいせつに育成すべきであり、
再び負の歴史(もちろん当時はやむをえなかったにせよ)
をくりかえす過ちは冒しませんようにと祈ります。

向かって左のコマ、
じつは私、意味がよくわかりません
(あたまわるくて😅😅・・・)。

戦地で慰問袋が届いた兵隊さん?
当時の慰問袋には、励ましのお手紙はもちろん
手編みの手袋や靴下やてづくりの人形から
小学生が読み終わった『少年倶楽部』まで、
いろんなものが入っていて、しかもそれが喜ばれたそうです。

慰問袋のおみやげはナス型の風船?

ボーナスはぜんぶ国債(愛国国債?)を買い、

ボーナスに「ナス🍆」を掛け合わせて

「戦地の兵隊さんにも『ボーナス景気』を味わってほしい」

との願いをこめた?
(国産のフーセンガムはまだ無かったのでしょうね)


余談ながら
戦中に政府が国民に購入奨励した
愛国国債は敗戦で紙くずと化し😢、

戦中でも目端の利く人は
戦後を見越してひそかに土地や純金を買っていた、

残念ですが
現代でも、政府や大マスコミのあまりに熱心な
キャンペーンは、話半分ほどに聞いておくほうがよいかも😅😅。

 

202219421 こちらは同誌上の洋裁コーナー。


80年経った現代でも通用しそうな
簡素で機能的なデザインは、さすが​杉野芳子​先生。

和服のセル
つまり、ウールの着物や
メンズスーツを
婦人服にリメイク・・・
はやがてくる戦後の欠乏時代に、なくてはならない技術だったことでしょう。

時代のどんな状況下でも、
工夫たやさず
できるかぎり明るく前向きに生きてゆく。

現在もかわりませんね。


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2022年8月23日 (火)

時代はくりかえす。

​194112_20220829115901 少年倶楽部1941年12月号より、

第二次大戦中の日本では

『献納』と称して各家庭からの金属の供出がひんぱんに行われたようです。

20221194212 こちらは主婦之友1941年12月号
『ハナ子さん』シリーズ。

20222194212 20223194212  町内会で、鉄の回収に余念ないハナ子さんとお父さん。
時代をものがたる、貴重な資料。

『先祖伝来の刀、兵隊さんにあげてください』


『これがみんな軍艦や戦車になるんだぞッ』

『これ茶釜や、お国のために大砲の弾にバケとくれな』

『さらばじゃさらばじゃ』
『まるで文福茶釜だね』

『二宮金次郎さんも本望でしょう』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ユーモラスに表現されていますが
(実際にこんな感じだったのかな?)

軍事物資の資源が枯渇して
一般家庭の鍋釜フライパン、おもちゃに置物やミシン
まで供出させられること自体、
勝ち目の無い無謀な戦争に呑み込まれている証明
になってしまっていますが(泣)、
当時のみなさんの真摯なおこない
を誰が批判できましょうか。

あるいはうすうす(この戦争は危うい、日本は負ける)
と気づいていたかたも決して少なくなかったのでしょうが

渦中にあると大勢に物申せなくなる
(自身や家族に身の危険がおよぶ)
のが、時流のおそろしさ。

 

この対米戦争からさかのぼること約80年
の
幕末の日本では、

京都の治安維持の名目で佐幕のため
『浪士組』(『新選組』の前身)
が結成されました。

映画にドラマに、小説やコミックに
いまも人気衰えぬ新選組、
私も御多分に洩れず(笑)『新選組』ファンですが

幕命による都の守備警護にあたる者
百姓や町人、無頼の徒にいたるまで

身分如何をとわず
士分にとりたてる
・・・発想からして

幕府がもうどうしようもない事態となっていることの
告白ともとれますが、


にもかかわらず
『武士』として命を散らした方々
は後世の読者をも感動にさそいます。

 

そして。

遠い昔のエピソード

で終わるものではなく。

現在もまた

同様なこと(規模の大小や深刻さをとわず)

は多々くりかえされている

危機の渦中にあること

を、自覚せねばなりませんね。

 


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